・原爆で生き別れになったのだろうか。歳月の重さ、切なさ。 *現世では叶わなかった恋。草の花となって揺れている。 少年は恋秘めしまま卒業す      中井一雄 二両目の二つ目のドア春を待つ   矢作輝 百万遍愛を唱える牛蛙        佐藤日田路 三日ほど妻のをらざる炬燵かな   タカシ 【特選】 新雪にシュプール描き恋の日よ    矢野京子 64  ブランコや大事な話あとにする  中原壱朋 @menjoy_o からのツイート 夢の世の恋に揺るるや草の花  川辺酸模 恋の日が輝いてゐる初暦       篠原隆子 *恋人のふく草笛はまるで恋を語るよう。何とかして鳴らしたい男心。  果実はゆっくり熟していく。恋もまた。, 【入選】 大胆に薔薇切り取るや恋始め  永井和子 束の間の恋に溺れる裸かな      岡 莞弥 人類は誕生以来、恋をしてきた。その時間の重みを忘れさせるような新鮮な恋の句を選びました。, 【特選】 まつすぐに胸に飛び込む冬帽子    今野浮儚 西洋哲学の父、ソクラテスは、古代ギリシアのアテナイで、道行く人びとに「ねえ君、君、恋とはいったい何だと思うかね?」などと問いかけて、多くの人をげんなりさせていた。 マフラーと真っ赤な頬と白い息  稲井千紗 354  卒業の寄せ書きの隅「好きやつてん」  石英子 婚約のままの歳月広島忌        園田靖彦 ほかほかの鯛焼一つほどの恋  北側松太 虹たちて恋びとたちの地球かな No reproduction or republication without written permission. 【特選】 【候補】 緑蔭に君の忘れし日のかけら    佐々木健一 【入選】 とびやすき恋のはじめの夏帽子    浅木ノヱ 鞦韆をおもいきり漕ぐ恋かしら   瀧澤久子 ふらここに揺れゐてしづか恋心    北側松太 田植ゑて二人見上げる宵の星 川辺酸模 恋の火をおへそにひめておんこの実 佐々木健一 中学生のとき思春期すぎて「こい(恋)」という言葉すら発音するのが恥ずかしく、代わりに「さかな」と言っていた。もちろん誰にも通じなかった。 — 永井玲衣 (@nagainagainagai) 2020年3月12日 このツイートをしたら、複数人から個別に「どういう意味? 1,600+税 君の髪すれすれにとぶ草の絮    佐々木健一 バレンタインデーまさかの恋が始まりぬ  篠原隆子 クリスマスイブ初めて入る君の部屋 加々美 登 逃げ水を追ふやうな恋もう二年    辻 雅宏 春立つや妻を名前で呼んでみる    村松二本, 【第1回恋の俳句大賞】 恋をすると目がかすむ。でもある時ふと視力がもどる。見えてきてしまう夕端居。, *長谷川櫂選 春愁のひとつに待つといふことも   豊田喜久子 きみとゐて心まぶしき雪野かな 武田百合 サヨナラの君が見えない花の雨  小島寿々 恋ひとつ香水瓶に封印す       持田公子 花が語りだしたら恋のはじまり  近藤いずみ, *選評 186  アロハシャツ二歳で君はいい男  小島寿々 夏椿誰も知らない恋をして      飛岡光枝 この恋を誰も知らない月見草    小島寿々 友情となりし恋あり遠花火 永井和子, 【第10回恋の俳句大賞】 恋する哲学―哲学入門―は、哲学のはじめの一歩として読める入門サイトを目指して作成しています。「哲学」とはそもそも何?「恋愛」の定義は?知を愛する(philosophia)の世界へようこそ! この記事では、「恋」(恋愛)について解説し、その関連で「愛」についても触れる。 歴史. 告白の勇気いちご五百個分     相沢はつみ 約束がゆつくり歩くはだしかな  三玉一郎 ギリシア語でははっきりと区別されていた概念を、英語では(特にアメリカ英語では)、ごちゃまぜにして安易に「love」と呼んで済ませてしまうので、(特に、古代語などを学んだことがない米国の若者などで)異なった概念がごちゃまぜになり、結果として(自己本位な)恋までが、あたかも高級なものであるかのように扱われる傾向がある。, 恋愛については、古来より多くの文学や哲学の主題となり、論じられてきた歴史があり、芸術作品で扱われる主題である。, 恋(男女の感情、特定の人に対する感情、特定の人にだけ執着する感情)はキリスト教の伝統では、よろしくないもの、質の低いもの、避けるべきものとして扱われてきた。キリスト教で大切にされたのは、男女の恋などではなく、イエス・キリストによって示された愛、つまり<<神の愛>>(アガペー、神が全ての人類を公平・公正に愛し、見返りを期待しない愛)や、人間が 自分の家族・親族・民族・人種などにこだわらず、広く全ての人々を大切に思う気持ち、広く人々を慈しむ気持ち(兄弟愛・友愛、隣人愛)である。愛は精神生活の基本的感情であり、また倫理学史上もっとも重要な概念の一つとされ、とくにキリスト教の影響を多かれ少なかれ受けている西洋哲学においては、非常に大事な意味をもっている[1]。, プラトンは、究極的な愛の対象である美のイデアは不死であることから、永遠不変の美のイデアへの愛と認識は神的であり、最も優れた愛であると考えた[2]。, エンペドクレスは愛philotēs、storgēと憎しみneikosを宇宙生成の原理とした。万物の根である火、空気、土、水の四元を結合させる愛と、分離させる憎しみが交互に優勢支配的となり、世界史の四期が永劫にくりかえされるというのである。, プラトンによると愛erōsは善きものの永久の所有へ向けられたものであり、肉体的にも心霊的にも美しいもののなかに、生殖し生産することをめざす。滅ぶべきものの本性は可能なかぎり無窮不死であることを願うが、それはただ生殖によって古いものの代わりにつねに他の新しいものをのこしていくことによってのみ可能である。この愛を一つの美しい肉体からあらゆる肉体の美へ、心霊上の美へ、職業活動や制度の美へ、さらに学問的認識上の美への愛に昇華させ、ついに美そのものであるイデアの国の認識にいたることが愛の奥義である。プラトニック・ラヴはもと、このように善美な真実在としてのイデアの世界への無限な憧憬と追求であり、真理認識への哲学的衝動でもある。しかしプラトンは美しい肉体への愛を排除するものでなく、イデアに対する愛を肉体的なものへの愛と切りはなして考えてるのでもない。[3], プラトンの恋愛は厳格に二元的である。いわゆる天上的な恋愛というものは地上的な恋愛から峻別されるのであって、いわゆる性欲の昇華として恋愛を考える考え方とまったく異なるものである。その天上的な恋愛はつぎにのべる想起説とむすびつき、人間のもっている不死なる生命が天上的な起源のものであって、われわれの肉体とむすびつけられるまえに、善美の極にあるものを想起し、それへの憧憬にみたされる場合が真の恋愛ということになる。ただこの場合においても、地上の人間は肉体にむすびつけられているから、地上的な恋愛への抵抗において、相愛する人間同士がお互いを精神的に向上させ、愛を通じて、より美しきものを生むという形で具体的な恋愛が考えられている。その点は『パイドロス』phaidorosにおいてとくにくわしい[4]。, 想起説は、真にものを知るということは知るもの自身の自発性にまたなければならないという考えで、プラトンの教育説の根底となっている。前述の恋愛論におけるがごときミュトスmythosがここにも考えられるが、他方においては単なる<<思いなし>>(doxa ドクサ)から真の理解、あるいは知識に到達するための過程としても考えられている。『メノン』Menonの実例に見られるように、それは問答法として発展するものである。またわれわれの精神を浄化する過程としても考えられている[5]。, アウグスティヌスは、「融合和一を求める生活が愛であり、神に対する愛が人間の最大至上の幸福である」としたが、こういう考えはアンセルムス、エックハルト[要曖昧さ回避]、ブルーノ[要曖昧さ回避]、スピノーザ、ライプニッツ[要曖昧さ回避]、フィヒテなど多くの哲学者にも受けつがれている。そしてこれは中世哲学、カトリック教会一般を特色づけている見方である。よく知られているように、「愛の宗教」といわれるキリスト教では、愛はあらゆる徳のなかで最高のものとされ、予言より、ロゴスより、知識よりも上位におかれている。そしてそれは神の掟としてつぎの二つに要約される。すなわち神の愛と隣人愛がそれである。神の愛、つまり神を直接の目的として恩寵によって与えられる愛は愛徳chāritāsカリタスとよばれ、スコラ哲学でいう精神的愛amor intellectivus、慈善的愛amor benevolenceのうちで最上のものとされている。[6], 中世フランスに起源が見られる騎士道物語においてはロマンス的愛(=ローマ風の愛。「ローマ風」とは「ラテン風」が正式なものとされるに対して「民衆的・世俗的な」という語感をもつ)が生まれ、キリスト教的愛(=アガペー。神が示す無償の愛)とは異なるもの、異風なものとして叙述されはじめた。, 13世紀、中世フランスにおいてギヨーム・ド・ロリス(フランス語版)とジャン・ド・マン(フランス語版)によって書かれた『薔薇物語』は恋愛作法の書として多数の写本が作られ、当時 貴婦人たちの間で大きな影響力を持っていた。, 中世ドイツでは、今日一般的な恋愛関係による婚姻(恋愛婚)は9世紀に教会により非合法とされたので婚姻において氏や家が重要であった(ジッペ・ムント参照)。, イギリスでは16世紀にシェイクスピア(1564年 - 1616年)が『ロミオとジュリエット』において、家同士の争いに引き裂かれる恋人たち、悲劇的な恋愛を描いてみせた(1595年前後初演)。不朽の名作として、バレエ、ミュージカル、映画など様々なジャンルにリメイクされている。, 17世紀後半のイギリス、すなわちシェイクスピア直後の時代には、現代用いられる「身体を否定する精神だけの愛」という意味でのプラトニックラブという表現が現れたらしい[7]。, 19世紀末期のフランスで、エドモン・ロスタンが戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』を書き、ロクサーヌという女性に恋心を抱いているにもかかわらず自分の気持ちを面と向かって伝えることができず、恋心を隠し通し、自分の恋を成就させるかわりに若くて美男子(だが見てくればかりで、頭が悪く、才能が無い)クリスチャンとロクサーヌとの恋をとりもってやる シラノという中年男の「忍ぶ恋」「切ない恋」を描いてみせた(1897年初演)。この戯曲はパリの人々を大熱狂させたといい、1897年の初演から500日間400回連続上演され、その後も今日にいたるまで世界中で上演されつづけており、映画やミュージカルに幾度もリメイクされ見続けられている。, スタンダール(1783年 - 1842年)は『恋愛論』において、恋愛には4種類ある、とした。情熱的恋愛、趣味恋愛、肉体的恋愛、虚栄恋愛である[8]。どんなに干からびた不幸な性格の男でも、十六歳にもなれば(肉体的恋愛から)恋愛を始める。また恋は心のなかで、感嘆、自問、希望、恋の発生、第一の結晶作用、疑惑、第二の結晶作用という7階梯をたどる、とした[9]。あらゆる恋愛は6つの気質に起因し、多血質(フランス人)、胆汁質(スペイン人)、憂鬱質(ドイツ人)、粘液質(オランダ人)、神経質、力士質の、それぞれの影響が恋愛の諸相に関与する、とした[10]。, [11]スピノーザによると、すべてのものは<<自己保存の努力>> conatus コナトゥスをもち、人間は心身をより大なる完全性へ移すこと、すなわち喜びを欲望し、悲しみをさけ、喜びを与える外物を愛し、悲しみを与える外物を憎む。かれは欲望、喜び、悲しみという三つの根本感情から幾何学的にさまざまな愛と憎しみを分析する。ところでわれわれの精神が事物を永遠の相の下に、すなわち必然的連関において認識することは、精神をより完全にする喜びであり、そしてこの十全な認識は事物を神(=自然=実体)の様態として認識することであるから、その喜びは外部の原因としての神の観念をともない、神への愛である。それは神を認識することと一つになっているから「神の知的愛」amor Dei intellectualisとよんだ。, カントは、傾向性にもとづくpathologisch(感性的な)愛と理性的意志にもとづくpraktisch(実践的な)愛とを区別し、後者のみが道徳的とした。傾向性としての愛を命ずるわけにはいかないから、隣人への愛とは、隣人に対するすべての義務をすすんで遂行すること。そして道徳法則への尊敬が、それへの愛に変わるのが道徳的心術の最高の完成であろうとした。, ヘーゲルは、精神の統一性がそれ自身を感じているのが愛であるとする。愛は一般に、私と他人との統一の意識。愛において私は私だけで孤立せず、むしろ私の孤立的存在を放棄し、自他の統一としてみずからを知ることによってのみ、自己意識をうる愛の第一の契機は私が私だけの独立人たるを欲せず、そういう私を欠陥あり不完全なものと観ずるということ、第二の契機は私が他において自分をかちうること、すなわち私が他者に認められ同じく他者が私においてかれ自身をうるということ。したがって愛は悟性の解きえないもっとも著しい矛盾である。矛盾の産出であり同時にその解除でもある。解除として愛は人倫的結合であるという。, ショーペンハウアーは、あらゆる形式の愛が生への盲目的意志に人間を繋縛するものであるとの理由で、愛を断罪する。しかし、その主著には独自の「性愛の形而上学」の考察が含まれている。それによれば、愛はすべての性欲に根ざしているものであり、将来世代の生存はそれを満足させることにかかっている。けれども、この性的本能は、たとえば「客観的な賛美の念」といった、さまざまな形に姿を変えて発現することができる。性的結合は個人のためではなく、種のためのものであり、結婚は愛のためにではなく、便宜のためになされるものにほかならない。, このショーペンハウアーの性愛論には、精神分析学者フロイトの理論内容を先取りしている部分が数多くある点興味深い。フロイトは性欲のエネルギーをリビドーと名づけ、無意識の世界のダイナミズムの解明につとめたが、とくに幼児性欲の問題は従来の常識的な通念に大きな衝撃を与え、性愛の問題の現代的意味の追求への道を開いた。たとえばD.H.ロレンスの文学は、性愛のいわば現代文明論的な意味の探求を一つの中心課題としているものといってよい。, サルトル、ボーヴォワールらの実存主義者たちにも、人間論の中心問題としての愛、性欲の問題への立ち入った究明の試みがみられる。, ユダヤ人の間では、恋愛は行ってもよいが恋人同士で積極的に意見を交換することを教え、恋愛にのめり込み過ぎることは破滅を意味するとタルムードで教えている[12]。, アブラハム・カイパーは『カルヴィニズム』で「自由恋愛が結婚の神聖を乱そうとし」ていると述べるように[13]、恋愛について否定的な見解がある。恋愛が「ある種の威厳を持ち、恋人に対する全面的献身・・を要求して、神のように語る」ので「神に従わせなければ、それ自体が絶対的な服従を求めてきて、悪魔化し、偶像化」する危険があるとキリスト者学生会の高木実主事は指摘し、C.S.ルイスの『四つの愛』を引用している[14]。またC.S.ルイスは『悪魔の手紙』で恋愛は悪魔が広めた思想であるとしている[15]。恋愛に伴うことのある問題として、福音派は婚前交渉を禁じている[16][17][18]。カトリック教会は婚前交渉を禁じており、避妊は大罪である[19][20]。, 現代では西洋諸国でも日本でも、文学、演劇、絵画、ドラマ、歌謡曲、漫画などさまざまなジャンルで恋愛が扱われている。, 仏教では貪愛(とんあい)・染汚愛(ぜんまあい)と信愛(不染汚愛)の区別が説かれる。前者は衆生が解脱しえない根本原因で、十二因縁の一つに数えられる。財欲、名誉欲、色欲などの五欲がそれである。信愛は信心をもって師長を愛するようなもので、貪欲煩悩をはなれて善法を修め衆生を憐愍することである。そのもっともすぐれたものが慈悲とよばれる。, 中国では、古くは墨子の兼愛説、つまり博愛平等の異端的主張が有名である。歴史上、玄宗皇帝が楊貴妃にうつつを抜かし、その親族に便宜を図り、国政をすっかりないがしろにして、ついには国を滅ぼしてしまったことが中国の人々には強く記憶されている。 不意にくる夕立君の傘にいり   藤田ゆりか まろび寝て恋を夢見る海鼠かな  川辺酸模 唇の好きと動けり夏の海  川辺酸模 恋ひとつ跳ね越えてゆく白兎     佐々木健一, ☆長谷川櫂選 失恋を振ってやったと夏の雲  高橋良邦 白息の二つ重なる観覧車      川辺酸模 知を愛する(philosophia)の世界へようこそ!哲学に少しでも興味がある方やそもそも哲学って何という方へ、「恋する哲学―哲学入門―」は哲学のはじめの一歩として読んでいただければと制作していま … 水仙やゆつくり甘くなる時間   城内幸江 All Rights Reserved. 百戦の恋の果てなる羽抜鶏      萬燈ゆき 59  夫の留守ひとり寝る夜の涼しさよ  川辺酸模 まだ肩に君の重さの朧月 椋本望生 失恋の指に線香花火かな 鹿沼湖 君といふ青き島へと遠泳中      稲垣雄二 秋晴れやサンドイツチをほめらるる 佐々木健一 恋歌のひとつも知らず夏の海    佐々木健一 墓場まで持ってゆく恋いわし雲  鈴木歌織 プロポーズの殺し文句。湯豆腐じゃだめ。 ☆趙栄順 選 ぶらんこは君に捨てられ揺れてゐる  稲垣雄二, 【特選】 【特選】 【次点】 一人過ごす 恋は休みのクリスマス  加々美 登 6. 落ちてみる真夏の恋の落とし穴  藤森荘吉 わが恋を知るや知らずや落とし文 湯浅菊子 蓬莱やいよよこれから共白髪  木下洋子 天の川君の処へ泳ぎ切る  山縣敏夫 【入選】 【入選】 下手くそな恋のままなる夏をはる  金子加行 【総評】  恋人は春のひかりをまとって。, 名前呼ぶバレンタインの日やそつと  三玉一郎 空つぽの香水の瓶恋ひとつ      山中澄江 恋する者が最初に向かうべきは美しい肉体です。美しい肉体に向かったあとは、美しい魂に向かうこと。それによって肉体の美は魂の美よりも些細であることに気づくことができます。その後、美しい魂から「知識」へと向かっていかねばなりません。 『広辞苑』第6版では「男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい」と簡潔に記し、さらに「恋い慕う」は「恋しく思って追い従おうとする。恋慕する」と記す。その「恋しい」は「1 離れている人がどうしようもなく慕わしくて、せつないほどに心ひかれるさま」「2 (場所・事物などが)慕わしい。なつかしい」と歴史的用法を踏まえて説明する。, 『三省堂国語辞典』第7版の「恋愛」は「(おたがいに)恋(コイ)をして、愛を感じるようになること」と記す。そのうち「恋」は「人を好きになって、会いたい、いつまでも そばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)」、「愛」は「1 〈相手/ものごと〉をたいせつに思い、つくそうとする気持ち」「2 恋(コイ)を感じた相手を、たいせつに思う気持ち」と説明する。, 『新明解国語辞典』は、第5版で「特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと」とした[注 1]。第6・7版では、「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔いないと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと」と記している[注 2]。, 『デジタル大辞泉』は、「特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、男女が互いにそのような感情をもつこと」 とした。 桜よりやわらかそうな君の肌    会田卓也 蜜豆にきのうの恋がかくれんぼ  小島寿々 122  まだ君に会わない運命流れ星  杉森 大介 初恋の人を検索冬ごもり       藤岡美恵子 恋にはさまざまな恋がありますが、大賞となると、爽やかでかつ大柄な感じが必要です。その点、この句はまさにぴったりの句でした。(長谷川櫂) 恋の熱を冷ます扇風機ではあるまい。風の爽やかさ、勢い…。初恋ならでは。(趙栄順) *趙栄順選 【特選】 現代フランス語ではAmour アムール、現代英語ではLove ラブと言うが、これは恋だけでなく、広く「愛」を指し示す用語である。特定の異性や特定の人に限らず、自分の性的志向にかかわらず広く人々を大切にしたり広く人々を愛することについては、愛の記事を参照のこと。, 英語「falling in love」の訳語としても「恋愛」は用いられている。 髪を梳く君の隣で夕涼み      加々美 登 【特選】 会ひにゆく百万本の冬木立  三玉一郎 追憶の恋。遠花火が思い出させる。 【入選】 【特選】 今回も様々な恋模様をみせていただいた。大賞の句、「君を知りきのふの恋を卒業す」には爽やかさと共に深々とした余韻がある。, 【特選】 告白のあとはがりがりかき氷    金子加行 虹色の大きな恋のしゃぼん玉      岡 莞弥 初雪や恋とも知らず消えました    加藤正子 虹がたちシャガールの恋人たちのような絵が生まれる。夢のある恋の句(趙栄順), 長谷川櫂選 君の目の奥の宇宙に気づく夏     橋本朝 「背中からどつと」に恋の切実さが感じられる。 君待ちて港の如し月の舟      鹿沼湖, ☆長谷川櫂 選 こんな恋なら長続きしそう。 恋は厄介。どうにも成就出来ない恋。 381  アイスコーヒーとレモンティーと僕と君  藤田ゆりか セーターを頭からかぶって恋人が笑っているのか。それともセーターが笑っているのか。思いをこめてセーターを編んでいるのか。, 【入選】 ただ恋とありますが、次の恋にちがいありません。恋を失くしてあせるでもなく、あわてるでもなく、気怠そうに寝そべって余裕が感じられます。 渋谷、新宿、東京駅?都会のドライな恋模様。  花吹雪となって降りしきるあなたの思い出。あなたのかけら。, 目つむれば君といた冬2000年(ミレニアム)  永友萌 告白は直球勝負蝉時雨        佐藤日田路 桜貝の魔法? 恋をしてあらほろ苦の木の芽和    北側松太 ◆次点 君の目の奥の宇宙に気づく夏     橋本朝, 【入選】 【特選】 恋なのか失恋なのか冬の蝶  葛岡昭男 恋をして酸素欠乏ゆらゆら金魚  澤田 紫 父となる君にも愛のチョコレート  斉藤真知子 ゆびさきに触るるゆびさき風光る  更紗ゆふ 女郎蜘蛛恋の二人に降りて来し    北側松太, *趙栄順選 'http':'https';if(!d.getElementById(id)){js=d.createElement(s);js.id=id;js.src=p+"://platform.twitter.com/widgets.js";fjs.parentNode.insertBefore(js,fjs);}}(document,"script","twitter-wjs"); © Shogakukan Inc. All rights reserved. プロポーズされそうなほど星月夜   岡 莞弥 恋人も夏が過ぎればただの人     岡 莞弥 【特選】 ちちろ鳴く君に片耳あづけをり  佐々木健一 世の中は「どうしたら愛されるか」について解いた恋愛本やマニュアルであふれています。そして多くの人が、ラブソングや映画館で観るラブストーリーに涙を流します。, それだけ、人間は常に愛に飢えていて、愛を求めているのでしょう。でも、そんなみんなが欲したり、心をとらえて離さなかったりする愛そのものがいったい何なのか……考えたことはありますか?, ここからは、筆者の愛読書でもある、『愛するということ』(著:エーリッヒ・フロム)という哲学書を読みながら、愛について考えていきたいと思います。, 本書には、「愛する」という行為には、音楽や工学などと同じく「技術」が必要だと書かれています。, これだけ恋愛をテーマにしたメディアや、映画・音楽があふれているのに、多くの人は、愛について学ぼうとしません。フロムは、愛を知るうえで、現代人が愛を学ぼうとしない理由は3つあると語っています。, ひとつめは、「愛する」ことより「愛される」ことを重視するから。確かに、愛されるための小手先のテクニックを集めた指南書はたくさんあるのに、愛そのものについて語った本や、人を愛するための本はそう多く見かけませんよね。, ふたつめは、愛の問題が起こったときは、自分の技術が欠如しているのではなく、自分が愛し愛されるのにふさわしい相手がいないからだと考えてしまうから。婚活でも、「あの人は、ここが〇〇だからイヤ」などと、条件を重視してしまう人が多いのではないでしょうか。, そして3つめは、恋の始まりの「恋に落ちた」状態と「愛し続ける」という持続的な状態を混同してしまうから。恋のときめきと愛とは別物であるとフロムは言っています。, 本当の愛を知るためには、まず「なぜ人間が愛について学ぼうとしないのか」に関心を持ったうえで、習練を積む必要があると分析しています。, 上述したように、多くの恋愛本は「どうしたら彼に振り向いてもらえるか」など、「愛される」ことに重点を置いています。ですが、「愛される」ことではなく「愛する」ことを重視するべきだと、フロムは言っています。, また恋は、未熟な人間でも「愛されている」と感じ、相手に何かしらのメリットがあればできますが、愛には、努力と忍耐と習練が必要だと分析しています。確かに、恋人が夫婦になると、多くの困難が訪れますよね。それらは恋のときめきだけでは乗り越えられないものです。, 結局、愛されるという受動的な態度は恋でしかなく、愛ではないのです。だからこそ、愛するための技術を身に着けることが必要なのかもしれません。, その他にも、愛について『愛するということ』の中で、さまざまな分析がされています。気になった人は、ぜひ手に取ってみてください。, 「うちは父親がいなかったのですが、そのぶん、母親に厳しくしつけられました。子どものころ、そんな母からの忠告がとても鬱陶しく思っていましたね。反抗期のときは、家を飛び出して帰らない日も……。でも、自分が親になって、あのとき女手ひとつで育ててくれた母の愛を感じています。自分が同じ立場にならないと、気付かない愛ってあるんだと思います」(28歳/会社員), 「田舎の中学でクラスメイトだった彼と、偶然、東京で再会し、そして5年の交際期間を経てプロポーズされました。彼は、私が大病を患い、入院していたときも、毎日お見舞いに来て支えくれました。恋の賞味期限は3年だというけれど、いまだ彼への思いは冷めることなく、より一層強くなっています。今も、これからも彼を愛していますし、彼も愛してくれている……そう信じています」(32歳/主婦), 今回は、愛とは何か……を考えていきました。愛と聞くと、上記のエピソードにあるような「母性愛」はとてもイメージしやすいですが、「異性愛」となると、愛について語るのは難しくなるような気がします。, 「異性愛」だと、どうしても恋の「ときめき」と混同してしまいがちですよね。どれだけ考えても、「異性愛」とは何かに対する明確な答えは導き出せないのではないか、と筆者は感じました。恋は落ちるもので、愛は育むものとはよく言いますが、恋でしか味わえないあの「ときめき」と、じっくり育む愛は両立し得ないのかと思うと、ちょっと寂しくなってしまいます。, でもだからこそ、人は常に愛に飢え、恋を繰り返すのかもしれません。やっぱり恋と愛は、人間の永遠のテーマのような気がします。恋の先に愛があればいいな……そんな期待を持って、生きていきたいですね。, 島国出身。学生時代、白馬にまたがった王子様を待っていたが一向に現れず、待っているだけでは王子様は来ないことに気づく。人生に恋して生きる女性の悩みに寄り添える記事を幅広く執筆中。. 在りし日の恋や八月十五日    鹿沼 湖 92  半世紀二人で過ごし籐寝椅子  川辺酸模 恋は今静かな暮らし水仙花  夏井通江 【入選】 慎み深い昭和の恋。 ・しゃぼん玉の淡さ、儚さ。虹色が美しい。 花が語りだしたら恋のはじまり  近藤いずみ, 【特選】 掬っても掬っても恋落ちる夏  小島寿々 【入選】 春の風きみの瞳の中のぼく     青沼尾燈子 着ぶくれて君の隣に割り込みぬ   上田雅子  まだ告白できない人の名か、秘めたる恋心。, 初富士や君かたはらにゐればこそ  木下洋子 ・憧れの青き島。はるかにあればこそ魚のようにどこまでも泳いでいく。 ぶらんこや君との距離が埋まらない 松浦麗久 ぬばたまの一夜を過ごし髪洗ふ    岡 莞弥 星冴ゆる地球にふたり観覧車     川辺酸模 2014年3月刊行, 「第9回全国小中学生俳句大会作品集」購読可 デザートのメロンすまして初デート  矢作 輝 74  小走りに君が来る頃青嵐  茂る, ・長谷川櫂 選 きごさい また一歩君の夕餉の涼しき灯    佐々木健一 夏蜜柑香る男に惚れちまう 田村美穂 (まだ始まらない恋。初々しくも切ない思い), 毛糸編む恋知り初めし娘かな     丸亀葉七子 恋する人の顏は、単純ではない。ときに幸せが、ときに苦悩が、あるいは鬱屈が見え隠れする。この「恋の顏」。含羞を知る中年の男性ではないかと想像するが、如何?「湯豆腐の湯気」がよく働いて、この句に深みを与えている。, 君はもう恋をしてゐる桜餅      石川桃瑪 【特選】 珈琲をくるくる君が居ない冬     小島寿々 少しずつ恋が溶けてく日永かな  小島寿々 鯛焼きや恋人たちに焼き上がり 佐々木健一 ひれゆれて恋の金魚となりにけり   飛岡光枝 初恋の二人はピンクのこんぺいとう  小野田里緒
2020 恋とは 哲学