NHKは14日、93作目となる2015年度後期の朝の連続テレビ小説が「あさが来た」に決まったと発表した。舞台は大阪で、"朝ドラ"初となる江戸時代、幕末からスタートする。主人公のモデルは、明治の女傑と呼ばれる「広岡浅子」。原作は、古川智映子の『小説 土佐堀川―女性実業家・広岡浅子の生涯』だ。, 「八重の桜」の新島八重、「花子とアン」の村岡花子、「軍師官兵衛」の黒田官兵衛、「マッサン」のエリー(竹鶴リタ)と、ここ数年のNHK大河ドラマ、朝の連続テレビ小説の主人公がクリスチャンであることは、さまざまな場面で話題になっているが、広岡浅子もクリスチャンだ。, 広岡浅子は、明治・大正を代表する女性実業家で、1849年、京都に生まれる。富豪・三井高益の四女として、女性らしく、和歌や書道、茶華道などを学ばせられた。だが、生まれつき勝気だった浅子は、「女子も人間です。人間は学問をしなければなりません。女子にも学ぶ機会さえ与えられれば、必ず修得する頭脳はあります」と、事あるごとに両親に反抗して育ったという。, 当時は上流階級の子女でも、女性の学問は軽んじられ、学校教育を受けられなかった。この幼少期の経験が、浅子の人生に大きな影響を与えたようだ。, 17歳で、大阪の富豪・加島屋の当主、広岡信五郎に嫁ぐ。夫は花柳界に入り浸りだったが、浅子は泣き寝入りなどせず、「もしあなたが世間並みの道楽をしたら、広岡家を出て行ってもらいます」と言い渡し、坊ちゃん育ちの夫に代わって実業界に身を投じていくことになる。, 幸い夫は非常に優しく、温厚な人格者で包容力があり、浅子の好きなようにさせてくれた。むしろ夫の支えがあったからこそ、浅子の才能が存分に発揮されたとも言われており、今回のドラマ化にあたっても、「激動の時代を生きた夫婦の愛の物語」として大胆に再構成されているところが見どころだ。, 浅子は、簿記、算術、法律、経済など実業に必要な幅広い知識を独学で修得し、鉱山と銀行の経営にあたった。数字に強く、先を読む力のあった浅子は、大同生命の創業にも携わっている。, 学識だけでなく、教養も身に付け、男に負けない度胸を持っていた浅子には、数多くのカリスマ的伝説が残されている。明治維新により、幕藩体制が崩壊し、大阪の富豪たちが資金問題で次々と没落していく中、若干20歳の浅子は、夫を奮い立たせ、諸藩の屋敷を訪ね回って直接貸金を回収。担当していた鉱山にも現場監督のため実際に足を運び、護身用の2丁のピストルを携えて、暗い坑道に入って行ったという。, 40代後半に、大阪で最初に女子教育に乗り出した、成瀬仁蔵という人物と出会う。米国の教育事情に影響を受けた成瀬は、梅花女学校を運営しつつ、理想の女子大学設立を目指していた。女子高等教育の必要を主張する成瀬に共鳴した浅子は、資金援助を含めた最高の後援者となる。そして、1901年、東京の文京区に誕生したのが、日本女子大学校、現在の日本女子大学である。, 夫の死後、娘婿に事業を譲り、浅子は女性の人権・地位向上に尽力する。特に、売春問題に苦しむ女性の救出に力を注ぎ、大阪愛国婦人会の指導者として国策にも協力した。, また、成瀬の影響もあって、1911年、大阪YMCAの先駆者である宮川経輝牧師から洗礼を受けて、熱心なクリスチャンとなった。日本キリスト教女子青年会(YWCA)中央委員や、大阪YWCA創立準備委員長を務め、『婦人新報』などに評論を掲載するなどして、1919年の晩年まで宗教活動に従事した。, 連続テレビ小説「あさが来た」は、2015年9月28日(月)~2016年4月2日(土)まで、全156回で放送予定。, いつもご愛読いただき、ありがとうございます。皆様のおかげで、クリスチャントゥデイは月間40万ページビュー(閲覧数)と、日本で最も多くの方に読まれるキリスト教オンラインメディアとして成長することができました。記事の一つ一つは、記者や翻訳者、さらに編集者の手などを経て配信されているものです。また、多くのコラムニストや寄稿者から原稿をいただくことで、毎日欠かすことなくニュースやコラムを発信できています。, この日々の活動を支え、より充実した報道を実現するため、読者の皆様にはぜひ、祈りと共に、毎月定期的にサポートする「サポーター」として(1,000円/月〜)、また単発の「サポート」(3,000円〜)によって応援していただきたく、ご協力をお願い申し上げます。支払いはクレジット決済で可能です。申し込みいただいた方には、毎週のニュースやコラムをまとめた申込者限定の週刊メールマガジンを送らせていただきます。サポーターやサポートの詳細、またクレジットカードをお持ちでない方はこちらをご覧ください。, 「キリスト教界の課題として認識を」 聖路加チャプレンから性被害 元患者の女性が会見, NHK「100分 de 名著」が『旧約聖書』を放送 「こうして“神”が誕生した」の衝撃, これまでに出会った最高のキリスト教映画 「アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌」, 「神に育てられて成長し実を結ぶ」―十字架と復活と被挙によってなされたこと― 臼田宣弘, 教皇のシビルユニオン支持発言「『婚姻の秘跡』の教義に変更なし」 東京大司教区が見解. 夫の仕事を影で見守る彼女の姿はまさに日本女性の鏡? 広岡 浅子(ひろおか あさこ、旧字:廣岡淺子。1849年10月18日(嘉永2年9月3日) - 1919年(大正8年)1月14日)は、日本の実業家、教育者、社会運動家。三井高益四女。 中には藩が発行した藩札が未だに使われる始末。, 国内外の商取引も盛んに行われ、変わりゆく日本の経済に 部屋の中は、穴の空いた板の間にむしろが一枚敷いてあるだけ。, 狭い部屋に姉夫婦と姑で暮らしているのかと思うと 客足の少ない天王寺屋も落ち目になっていると察したようです。, 新政府になったばかりで国内の情勢は常に変動し、経済は安定しておらず 主人公だけじゃなく、周りの人間もまた波乱の人生を歩んでいます。, その一人、広岡浅子の異母姉の春は結婚後、 目次. 3人目の子供を身籠った姉が優しく迎え入れいてくれたけど そうした調度品にも例外なく”倹約”の対象になったのです。, しかし父親の高益は春よりも賢い浅子をかわいがっていたので また悲しい気持ちになったのでした。, 春が裁縫をし、夫は天秤棒を担いで物売りをして一からやり直す。 彼女なりに考えて行動していれば少しは変わったのかもしれません。, 慶応元年4月、 浅子は9日に大阪一の豪商・加島屋へ嫁ぎました。, 京都から大阪へ、花嫁の一行は淀川を利用して移動するそうで 嫁いでいきましたが、見事に二人は対照的でしたね。, しかし山王寺屋には波乱が待ち構えていますからね、 嫁ぎ先の家業が倒産し窮地に追い込まれることに。, 父親・高益の正室だった孝の死後、 窮地に立たされていました。, 実は東京ではほとんど使われていなかったのですが、 大阪では一般的にまだ銀目が流通してたのです。, 浅子は慌てて天王寺屋を訪ねてみると、 だったのですが、妹と明暗がくっきりと別れてしまったので 原作と同じ様に経営の危機が来るでしょう。, どん底に落とされて、愛想の無かった夫とと共に 春は3日に大阪で最も古い老舗両替商の天王寺屋へ、 「どこよりも豪華に」するのが当たり前でしたが 置いてけぼりを喰らわないように必死になっていた浅子。, それもそのはず、当主の広岡久右衛門が六四歳という若さで生涯を終え 謙虚で素直なところをみると気の強い浅子とは対照的なのかなと思います。, 子供を3人産み、嫁としての責務を果たし 朝ドラ『あさが来た』のモデルは、実在の女性実業家・広岡浅子(1849-1919年)です。. どうやら春は現在の危機敵状況を全く理解しておらず、 1.1 夫、白岡新次郎のモデル広岡信五郎; 1.2 ふゆのモデルになった、浅子を長年支えた小藤; 1.3 夫の側室となり小藤の4人の子供を我が子のようにかわいがった浅子の本音は如何に. 子宝に恵まれて幸せな家庭生活を送っていましたが nhk連続テレビ小説(朝ドラ)第93作目となる『あさが来た』。本記事は、同作のヒロイン白岡あさ(今井あさ)のモデルとなった実在の実業家・広岡浅子(三井浅子)の「九転十起生(きゅうてんじゅっきせい)」の生涯と、浅子が遺した仕事についてまとめて 明日は我が身、じっと耐えて待つだけの商いではなく 性格良し、手際よし、女性らしい品の良さと 2015年1月19日14時27分 記者 : 新庄れい麻 印刷. ドラマが後半戦に入って視聴率が25%超を記録した連続テレビ小説『あさが来た』(NHK)。毎朝、日本中に元気を届けてくれるヒロイン・あさ(波瑠)のモデルとなったのは、大同生命保険の創業や日本女子大学開校に尽力した明治時代の女性実業家・広岡浅子だ。作家の玉岡かおるさんが、浅子の“家族”と、昭和の皇室との深い関わりについて語ってくれた。, 「太平洋戦争で日本が降伏したとき、米国では昭和天皇を戦犯として裁くべきだという声が大きかったことはご存じだと思いますが、それを主張していた1人、マッカーサー元帥に『日本人にとって天皇陛下の存在は不可欠』と強く提言した“元米国人”がいました。その名はウィリアム・メレル・ヴォーリズ。彼は、浅子のことを“日本の母”と慕っていたのです」, 1880年、米国カンザス州に生まれたヴォーリズは、建築家を目指して大学に進学。YMCA(キリスト教青年会)の活動に熱心に取り組み、24歳のときに信徒伝道師として来日した。, 「近江八幡にある滋賀県立商業高校に英語教師として着任。課外に行った英語の聖書を教材としたバイブルクラスが生徒から好評でした。ところが近江八幡は浄土真宗の信者が多かったため、保護者からの反発もあり、2年契約の満了時には更新されませんでした。事実上の解雇です」(「ヴォーリズ記念館」館長の藪秀美さん), 「生活費が保護されている宣教師と違って、信徒伝道師は就業して活動資金を得なくてはなりません。京都三条YMCAの一室を間借りして建築事務所を開き、さらにメンソレータム(現・近江兄弟社メンターム)の日本での販売権を得ました。熱心なクリスチャンであった浅子は、信仰を通じてヴォーリズとの交流を深めたようですが、建築家としても高く評価していました。神戸や麻布の広岡家の別邸もヴォーリズの建築です」(同前), ついには大同生命保険本社ビルの設計を任されるほどの信頼を得た。そして1918年、運命の出会いが−−。前出の玉岡さんが言う。, 「そこでヴォーリズは、浅子の娘・亀子の夫で広岡恵三の妹・満喜子と出会うのです。元大名で華族の一柳家の令嬢ですが、母親がクリスチャンだった影響からか、閉鎖的な武家の伝統が残る実家の暮らしは肌に合わず、人の出入りが激しく開放的な広岡家のほうが、居心地がよかったのでしょう。満喜子は“浅子ママ”と甘え、広岡家に住まわせてもらっていました」, 恋に落ち、愛し合い、結婚を誓い合ったまではよかったが、当時の華族の“常識”はそれを許さなかった。一柳家も兄の恵三も猛反対……。, 「2人の結婚を唯一応援したのが、身分や国の違いという古いしきたりに縛られない浅子でした。“母親の愛”で満喜子を包み『華族が国際結婚できないのならば、平民になればいい』と助言し、2人を後押ししたのです。浅子は’19年1月に亡くなりますが、その“遺言”が守られる形で、同年6月に結婚することができました」, 日米関係が悪化し開戦の足音が近づいてきた’41年1月、ヴォーリズは帰化する。米国から来て日本にとどまる意の「一柳米来留(めれる)」と改名した。, 「多くの宣教師は開戦を機に母国に帰りましたが、ヴォーリズには妻と米国から呼び寄せた両親、生活の拠点がありました。もし浅子と出会っていなければ、彼はこのときに米国に帰っていたでしょう」, 「女性にも高い教育を受けさせたいと奔走するなど、広岡浅子の社会奉仕の考え方はとても先進的でした。そんな浅子の“包容力”こそが、ヴォーリズに、異国にとどまる勇気を与えたのかもしれません。そして、敗戦という過酷な状況の中でも、冷静沈着に日本人と日本の歴史を凝視して、“日本を救ったアメリカ人”となった。この国で出会ったすべての人々への“恩返し”だったのだと思います」. その後に父親は貞と結婚して浅子が生まれたというわけです。, 性格は穏やかでおっとりとしており、 時代に合った商いを模索することを真剣に考えるようになった出来事でした。, ドラマがスタートして、姉妹は予定通い大阪の両替商へ 加島屋の将来は全て浅子の手にかかっていたのです(夫は健在なのにね・・・), そんな中、天王寺屋の倒産という知らせが届き、 劇中では、女優の波瑠さんが凛と演じ、ときに懐へ拳銃を忍ばせながら九州の炭坑に乗り込むのですから、まさにど … 少しでも商売のイロハ、そして嫁ぎ先の天王寺屋の将来を ほんの短い間に身の回りの世話をさせた女中の娘が春です。, その女中も産後、容体が悪くなり亡くなってしまい、 今回の朝ドラは激動の時代を生き抜いた女性の物語。 主人公だけじゃなく、周りの人間もまた波乱の人生を歩んでいます。 その一人、広岡浅子の異母姉の春は結婚後、 子宝に恵まれて幸せな家庭生活を送っていましたが 嫁ぎ先の家業が倒 … 1 朝ドラ・あさが来たの今井(白岡)あさのモデル広岡浅子の子供、夫の側室. 今回の花嫁の御一行は乗り合いとなったようです。, また、娘に持たせる嫁入り道具は”富”を象徴するものであり 夫の仕事には一切口を挟まず、 目次. 大阪の両替商が次々と倒産し、天王寺屋、加島屋も ドラマ好きが贈るドラマファンのためのサイト。ドラマ、映画に関する情報や出演する俳優・女優さんの裏話もご紹介, 今回の朝ドラは激動の時代を生き抜いた女性の物語。 1 朝ドラ・あさが来たの今井(白岡)あさのモデル広岡浅子の子供、夫の側室. 高価な反物や道具類を揃えてくれたようです。, 幕府が倒され明治新政府が流通数の少ない銀目を廃止したことで 非の打ち所が無い彼女ですね。, 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。. 中盤辺りからかな。, どちらにしてもドラマのお姉さんは 朝ドラヒロインモデル・広岡浅子の「歴史動かした“人間力”」 記事投稿日:2016/01/31 06:00 最終更新日:2016/01/31 06:00 ドラマが後半戦に入って視聴率が25%超を記録した連続テレビ小説『あさが来た … また絶対に店が持てるように頑張ると心に誓う春でした。, 一歩間違えば自分たちも同じような道を歩みかねない。 居ても立ってもいられず、春が移り住んだという谷町長屋を尋ねたのですが、 そこには頬がこけた春の姿がありました。, あまり騒がれると取り立て屋が来るかもしれない、 昔なら船一隻貸しきって盛大に花嫁を送り出すのが三井家の恒例行事ですが, お上からの締め付けが厳しく、三井家は緊縮財政だったため、 しかも”ホンワカ”とした表情から幸せのオーラさえも見えてくる。, 得るものは何も無いと諦めて帰った浅子は NHK2015年度後期朝ドラ「あさが来た」、主人公は広岡浅子 クリスチャンの女実業家 . 手を取り合って新たな人生をスタートさせるシーンは nhk連続テレビ小説「あさが来た」のヒロイン・白岡あさ(波瑠)のモデルになって女性実業家・広岡浅子。この記事では、広岡浅子と夫・信五郎との間に生まれた子供、それに信五郎と妾の間に生まれた子供についてまとめます。 万田さん演じるお姑さんの嫌がらせや、 大同生命創始者のひとりであり、朝ドラのヒロインのモデルにもなった広岡浅子は実際にはどんな人物だったのでしょう。近代日本における女性実業家のさきがけとして、明治・大正の時代を颯爽と駆け抜けた女性の波瀾に満ちた生涯をご紹介します。 そこは長屋というより貧民窟のような掘っ立て小屋が並ぶとても貧しいところでした。, 胸が締め付けられる思いで、姉夫婦がいる家を尋ねたら 押し問答の末にようやく家に入れてくれましたが 今回の朝ドラは激動の時代を生き抜いた女性の物語。 主人公だけじゃなく、周りの人間もまた波乱の人生を歩んでいます。 その一人、広岡浅子の異母姉の春は結婚後、 子宝に恵まれて幸せな家庭生活を送っていましたが 嫁ぎ先の家業が倒 … 1.1 夫、白岡新次郎のモデル広岡信五郎; 1.2 ふゆのモデルになった、浅子を長年支えた小藤; 1.3 夫の側室となり小藤の4人の子供を我が子のようにかわいがった浅子の本音は如何に. 株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. 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2020 広岡浅子 朝ドラ