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堺泉北港堺2区基幹的広域防災拠点
「そのとき」をリアルに想像しよう

フォークリフト、玉掛け、バックホウ(小型車両系建設機械)、固定式クレーン(5t未満)、小型移動式クレーン(同)、陸上特殊無線技士(3級)免許――山田昭光国土交通省近畿圏臨海防災センター長がここに赴任してから取得した免許や技能だ。

同センター職員は「キーボードから重機レバーに持ち替え」なければ務まらない。

 

基幹的広域防災拠点の機能は下記の5つだ。

●救援物資の中継・分配機能

●広域支援部隊等の集結地・ベースキャンプ機能

●応急復旧用資機材の備蓄機能

●海上輸送支援機能

●災害医療支援機能

 

つまり、京阪神の災害支援の人とモノのハブだ。だから、広い。面積は「海とのふれあい広場」を含めた27.9ヘクタール。災害対応では何もない広場が有効なのは東日本大震災や様々な災害で明らか。ここは大災害時、救援の人と物資の中継拠点だから、なーーんにもない広い緑地こそふさわしい。埋め立て地ゆえ地盤に不安はあるが、敷板で補完するという。ヘリポートは7基駐められる広さだ。

建物は小ぶり(?)の支援施設棟と車庫、テント製の資材庫などがあるだけ。

支援施設棟は3階建てで、一日約5000人分の飲料をまかなえる海水淡水化装置、自家発電機と10日から1カ月程度の電力供給ができる9950リットルの重油、投光器70台を持ち、仮眠室もある。連絡調整会議の場となる会議室は至ってシンプルで、ライブ映像を映し出す3台のモニターがあるのみ。指揮系統は内閣府の緊急災害現地対策本部(大阪合同庁舎第4号館)のラインだ。建物はTP7.1メートル(OP5.8)までの浸水に耐える。7.1メートルのうち1.5メートルを担う止水板は、東日本大震災を受けて追加した。「想定外を想定(=無くすため)した」とのこと。

支援棟屋上から西を見る

支援棟屋上から西を見る

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大型テント倉庫と車庫には建機と支援物資が並ぶ。バックホウ1台、フォークリフト2台、土等を締固める振動コンパクタ2台、牽引式運搬車1台、点検用車両1台。敷鉄板48枚、23キロの軽量敷板約3000枚、パレット2700個、大型テント2張、ヘリポート用夜間照明一式。基幹的広域防災拠点の機能を発揮するには、職員がこれらを稼働させる技能を磨いておかねばならない。で、冒頭の免許や技能が必要となる。

 

さて、この拠点が稼働するのは震度6強以上で大津波警報が発令されたときだ。

そのとき、近畿地方整備局の港湾空港部職員のうち災害対策チーム70人がここに集結する。使命は24時間以内に機能させること。海上からの応援を受入れるのは、23年に整備された耐震強化岸壁だ。水深7.5メートル延長130メートル、5000トン(DWT)級船舶――海上保安庁の「せっつ」クラスに対応する。発災時は大量の海上浮遊物が発生するからちょっと心許ない規模だが、平常時にUSJ前の定期観光船発着場となっている浮体式防災基地も指令後約4~5時間(海上浮遊物などの障害物なしで算出)でここに曳航され、1000トン(DWT)級以下の小型貨物や人員輸送船の桟橋となって補完かる。わんさかやってくる自衛隊等の支援部隊などがここにベースキャンプをおく。支援物資3000トンの中継・分配拠点として荷さばきし、被災府県に送る。

 

ここでは、「津波防災の日」と定められた11月5日を基本に、センターが開設された24年から毎年、自衛隊、警察、海保等関係や建設業等、堺市や地元中学校、市民ら1000人以上が参加して大規模な合同訓練を実施している。

想定災害は南海トラフ巨大地震。火災消火や倒壊家屋からの救助、被害者の搬送、海上での救助、津波避難ビルへの避難、バイクによる災害情報収集、陸・海・空の手段を使った物資の搬入など、想定される多様な災害対応メニューを訓練する。24年の訓練を見たが、同時に多様な訓練があちこちで行われるので、地上からでは一端しか見ることはできなかった。

25年の合同訓練では防災啓発も視野に入れ、訓練終了後にヘリコプターやレスキュー機材、海上自衛隊掃海艇等の展示・見学や、日本赤十字社の救命講習等の体験学習なども行った。たんに見学ではなく「動いて」「覚えて」という体験型の防災訓練として継続していくという。

 

東日本大震災では、遠野市が自らの役割として想定したとおり、後方支援拠点の機能を果たしたし、道の駅やSAも応援物資やボランティアなど人と物の中継拠点として機能した。

この堺泉北港堺2区基幹的広域防災拠点がゼロ次拠点となり、府県や市町村などの地域防災拠点から被災地へ無駄なく速やかに応援・支援を届かせるためには、民間企業との連携も視野に入れなければならないし、関わるすべての機関が機能するためのオペレーションも、資材も足りないと、山田センター長。Xデイを考えると課題が尽きないのは、危機管理に欠かせない想像力の所以だ。

 

課題ついでに言うと、このセンターには職員の防災住宅がない。

えっ!危機管理に就く幹部や職員は防災住宅に住むのが、行政の基本のはずだが。かつて、東京都心の一等地に公務員専用住宅があるとメディアが非難したことがあったが、霞ヶ関に徒歩で行けるという条件なのだから都心にならざるを得ない。近畿圏臨海防災センターは堺浜の先っちょで、こちらは極めて交通の利便性が悪い。24時間職員は待機しているというものの、発災すればセンター長は自宅から駆けつけるのに何時間かかるだろう。

 

連動するかどうかは不明だが絶対に発生する南海トラフ地震。「その時」のために国はこうして着々と備えているが、実際のところわれわれはどうだろう。
「そのときは、もうしゃあない」「自分だけやないから、なんとかなる」というのが大方だ。

やはり「その時」を1度でもリアルに想像しておくべきだろう。

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