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‘もの申す’ カテゴリーのアーカイブ

「慰安婦問題」決着で気になること
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・有光弘和

2016 年 1 月 4 日 月曜日

年末ぎりぎりに、日韓で最大の懸案だった「従軍慰安婦問題」が政治決着した。この問題は政治問題であるとともに、女性問題でもある。もしも、日本大使館前に建てられた女性像に対して「あれは、日本の兵士を慕って待ち続ける乙女の姿です」とでも説明しようものなら、非難の声がどこから、どれほど飛んでくるかわからない。女性問題は広く「差別」の問題でもあるから、発言者の心情や立場が厳しく問われることになる。「像」だけを見て、その印象を勝手に述べることは「不穏当発言」で、許されない。「なぜ裸足で、肩に鳥がとまっているのか」。解釈は、設置した人たちの胸のうちにしかない。

膨れ上がった「連行」される人数

ウェブ百科事典Wikipedia によると、朝鮮人慰安婦問題を言い始めた故吉田清治には、『朝鮮人慰安婦と日本人』(人物往来社、1977) と『私の戦争犯罪』(三一書房、1983) の二つの著書がある。そして、朝日新聞の最初の報道は1982年9月の吉田の講演を記事にしたものだ。“講演記録”とも言えるこの記事は、大阪版では大きく掲載されたものの、東京版には一行も報道されなかった。それが全国ニュースとして踊りだすのは9年後の1991年で、翌年はNYタイムス、赤旗を含む各新聞社の報道合戦の様相となった。その間に、連行された朝鮮人の数は済州島での200人から「多くて3000人」、「男女6000人」に膨れ上がった。

戦後70年の今になれば、“生き証人”は少ない。日本国内をはじめ北は満州、南はニューギニアに広がった日本陸軍の「慰安所」の1カ所平均の「慰安婦」数は約10人、数百カ所あったとすれば数千人という計算は可能だ。しかし、その場合、一番多かったのは日本人。次いで現地人。朝鮮人、台湾人、フィリピン人がそれに次ぐと想定されている。

エリート「挺身隊」を「慰安婦」と混同

韓国人だけが多いわけではないのに、なぜ問題化したか。カギの一つは「挺身隊」という言葉にある。“総力戦”となった第二次大戦の最中、各国は女子労働力に注目し、米英では女性を軍人にした。王室のエリザベスは地方の義勇軍に予備入隊した。日本は学徒動員で男子学生を軍人にするとともに「挺身隊」として軍需工場の労働者にした。女子学生も「女子挺身隊」にすることになり、最初に出来たのは皇族にゆかりのある学習院女子同窓生による「常磐会勤労挺身隊」。山脇高女同窓会のレンズ工場への入社が女子挺身隊の派遣第一号とされている。女性は軍人にはならなかったが、動員された。日本統治下にあった朝鮮でも事情は類似だが、女子「挺身隊」結成は遅れた。「農業挺身隊」「漁業挺身隊」などの時期を経て、政府主導で日本本土の紡績、ベアリング、戦闘機の工場へ「挺身隊」として派遣される女学生もいて、後に「慰安婦」と偽って証人として名乗りを挙げた人もいる。進学率の低かった時代、日本でも台湾でも朝鮮でも、未婚の女子学生たちは「エリート階層」の人だったと言っていいだろう。朝鮮半島では当時、「挺身隊に入ると、売春をさせられる」という流言があったという。

「北」をめぐる政治問題と在韓米軍

もう一つのカギは朝鮮戦争だ。在韓米軍の“慰安所”は「基地村」という形で運営され、2万人の女性がいたと推定されている。性病が発生すると、米兵には相手の女性を特定できない場合が多く、鉄格子のある「モンキーハウス」と呼ばれた施設に「村」の多数が一斉に強制収容され、抗生物質が投与され続けたという。これらは商業行為として行われた「売春」の枠内に当てはまるかどうか。当時、慰安婦は「愛国者」と言われることもあり、軍のために強制的に“労働”するという意味から「挺身隊」と混同されやすい環境だったと言える。

そして、1991年、朝日新聞の誤報が登場する。9年前の吉田発言類似の記事に続いて、「女子挺身隊」の名で連行されたとする「元慰安婦」の証言を“スクープ”した。政治的には金丸訪朝団が日本と北朝鮮との国交回復を模索し、「よど号」ハイジャック事件、さらに今も尾を引く北朝鮮による拉致問題にマスコミが注目し始めた時期である。インタビューのお膳立てをしたのは、韓国挺身隊問題対策協議会(略称:挺対協)で、その女性幹部の娘が朝日の特派員の妻であることは今ではよく知られている。北朝鮮寄りの団体と言われる挺対協は「挺身隊」の問題でなく、「慰安婦」問題で裁判を起こしたが、この時から両者を混同することが20数年間、国際的“常識”となった。アメリカの歴史教科書で「性奴隷20万人」と書かれたという事態は、この混同があってこそ理解できる。朝鮮戦争に派兵された人の多いアメリカでなら「さもありなん」と常識化しやすいに違いない。

幅広い「差別」問題

今回の日韓の政治合意で、岸田外相は「安倍総理は、慰安婦としてあまた苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に心からお詫びと反省の気持ちを表明する」と語った。元慰安婦を支援するために韓国が設立する財団に10億円を拠出する。今、韓国で「元慰安婦」と確認できるのは50人を下回ったと言われる。割算すると1人当たり約2000万円。この金額では、北朝鮮、日本、台湾、フィリピン等に広がる「全て」を対象にすることはできまい。また、新たに名乗り出る人もほとんどないと推測できる。

なぜ、吉田清治は二冊もの本を書き、出版できたのか。以下は仮説・推論である。敗戦直後、日本には「カストリ雑誌」、「エログロ雑誌」と呼ばれた雑誌が多く書店の店頭を飾った。風俗文献雑誌『奇譚クラブ』もその一つと言えるが、掲載された代表的作品『家畜人ヤプー』の作者、沼正三は覆面作家として、永く名乗り出ることはなかった。作者の執筆動機は、学徒兵として外地にいて、「捕虜生活中、ある運命から白人女性に対して被虐的性感を抱くことを強制され、(中略)性的異常者として復員」した体験に基づく。これは女性兵士による「強制」と推察されるが、吉田は男性兵士の「集団的強制」を小説に描こうとしたと思える。沼の寄稿した出版社は「小説」として扱ったが、吉田の寄稿は「実話」を売り物にする出版社だった。そして、1970年代に入って、これらの作品が単行本として、出版、再版される、ちょっとしたブームがあった

記事になった吉田清治の講演会会場が「大阪市浪速区 浪速解放会館」だったことも象徴的に思える。日本人の「元慰安婦」を徹底的に探そうとすれば、日本国内では旧赤線地域、貧農の多い地域、同和地区、“在日”の居住者地区などに重点が置かれよう。女性差別に限らない、広い「差別」の問題を避けては通れない。そして、彼女たちは“歴史の闇”に消えていくのが幸せなのかもしれない。

(有光 弘和)

正月のつぶやき。

2015 年 1 月 3 日 土曜日

NHK「ブラタモリ」が今年4月からレギュラー番組として帰ってくることを知り、楽しみに思いつつ正月3日の集中アンコール放送をみた。地形や土木への関心が高いタモリの視点や、地理や土木の知見がテーマになっていることを、嬉しく思う。同番組のファンが多いのは至極納得できる。

一方、まったく納得できないのは新語流行語大賞「ダメよ…」とそれを演っている女性お笑いコンビだ。「ダメよ…」を聞いたとき、森進一の歌詞を思い出した。昨年もそうだが、関東の悪しきギャグの見本だ。コンビは名前を「日本…」から「東京…」に変えていただきたい。

ギャグ以外を見ても、笑いのセンスが低い、悪い。喋り方、へんな大阪弁をつくるなど、低俗そのものだ。

こんなんを世の人々は評価しているのだろうか・・・と、ちょっとググってみた。「インパクト抜群のキャラクター」「グロかわいい魅力」「ネタの密度が濃い」。大賞を受けた「ダメよ…」は「最高にシュールな言葉」で、子どもに人気という。彼らの視聴率の稼ぎ力はふなっしーをしのぐという記事もあった。へえ~。

わが社の編集顧問曰く「森進一のパクリなら、”空を見上げりゃ空にある”と思ってたら”何もない春です”や」

文化度の高さが尊敬を集めている日本なのに、こんなんが日本の笑い文化として世界に発信されていいのか?新語流行語大賞を選ぶ側の認識や能力がこの程度ということか。

・・・そういえば、「現代用語の基礎知識」は間違いが多かったなぁ。

ますますはびこる!韓国式お辞儀
「花子とアン」でも!!!

2014 年 8 月 18 日 月曜日

以前この欄で最近のけったいなお辞儀について書いたが、このごろは至るところにはびこっているではおまへんか!   今朝(8月18日)の連ドラ「花子とアン」を見て驚いた。元伯爵令嬢である白蓮の娘のお辞儀がほぼ韓国式だった! 両手をへそのちょっと下においていたから、演出者が躊躇したのかもしれない。それにしても・・・である。   数日前のJR王寺駅。 『Big Issue』を売るホームレスのおっちゃんに挨拶をするまでは気分はいいが、改札を通るときにちょい鬱に転じる。理由はJR女子職員のお辞儀スタイルだ。 先日、見るに見かねて行動に出た。 「あなた、そのお辞儀、どこかで教わったの?」 「はい、研修で」 「その研修、誤りですよ」 「はぁ?」 「日本人のお辞儀スタイルは、腹の上に両手を置くのではなくて、自然に手を下げたところで、両手の指を重ねる。腹の上に手を置くのは韓国式、チマチョゴリが膨らまないようにするためのものです。NHKのアナウンサーもあなたのような誤ったお辞儀をしている人がいるが、正しい日本のお辞儀ではありません。 ほら、ちゃんとやってごらんなさい」 それでも、肘を突き出したお辞儀をしよるから、腕をおさえて形をつくってやった。 「肘を突き出すのは、日本では配慮に欠けた無礼者です。はい、正しくやってみなさい」 その女子職員は一応私の指示どおりにした。 「他の職員にもちゃんと教えておきなさいね」   その日の帰り、改札口で元気よく「ありがとうございました」と客に声をかける女子職員は、肘を突き出し腹に両手をおいていた。

土木技術者の精神性

2013 年 9 月 7 日 土曜日

土木学会全国大会なるものを視察した。

9月4日から6日までの3日間に延べ20000人が今年の会場・日本大学生産工学部にやって来た。

参加費10000円(事前、当日は12000円、非会員は20000円)を払った人は約4000人だったという。

力学系、水系、土系、計画・交通系、材料系、事業計画や保全、マネジメント系、環境系の7部門と、これらの部門を横断的に関連した共通セッションが13テーマ(教育や地下空間利用など)で、あわせて2695論文が発表された。ほかに27のテーマで研究討論会が開催され、基調講演会・特別講演会、全体討論会に加えて、来年の土木学会100周年を記念する討論会もあった。とにかく、ぎょうさん、あちこちで同時並行に講演会が行われた。

土木学会には、京大土木教室100周年シンポジウムを手伝ったときに「入っておいたほうが情報も取りやすい」とのアドバイスで入会。以来、やめる理由も続ける特段の理由もないまま継続してきた。当方のような門外漢会員は希少種、約36000人の会員は産官学の土木オヤジばかりだ。

 

100周年記念討論会で、前々から気になっていたこと、土木技術者たるものへの思いを代弁してくれる発言にいくつか出くわした。

 

「できない」とか「技術では限界がある」と

きちんと言える人間性・精神性を持っていなければならない。

 

「”そこまでできません”とは言えない」とか、伝えるべきことを100%伝えずにお茶を濁した話しなどは、今まで色んな人たちから聞いてきた。

その度に「なんでや!」と問い、

「そんなん言うたら、次に何を言われるかわかれへん」などの不甲斐ない答えが返ってくることがあった。

「理不尽な要請やケッタイな言いがかりをつけられても、きちんと誠実に対応すればなんということもないはず」・・・反論しても、悲しいかな、当方は現場を知らない。魑魅魍魎がうずまく世界も知らないから、そこまでしか言えなかった。

しかし、誠実に正確な情報を伝えることは、すべての基本だ。それが公共に関することであればなおさらである。ヤカラの住民がまともな人たちに駆逐される場面も見てきた。「できない」と言い切ることができる人間性・精神性が求められるのだ。

 

藤井聡教授の叫び(?)の一端を以下に紹介する。

「土木技術者はambivalent(アンビバレント)な絶対矛盾を乗り越える宿命を負っている。

土木技術者は(どんな驚異を内在しているかわからない自然に対して働きかける技術に)限界があるとわかっているはず(であり、限界があることを正確に伝えねばならない)。アンチテーゼからシンテーゼに行こうとするときには、根性、気合い、精神の力量がないとできない。従って土木技術者には、ものすごい”どてらい奴”しかなれない。土木技術者にはこういう意味が込められている。」

現役土木オヤジたち、

これから土木をめざす若者よ、ぜひ”どてらい奴”になろう。

 

 

土木学会100周年
失ったものへの反省と、土木の品格、誇りはどこに?

2013 年 7 月 15 日 月曜日

世界最大の学会と言われる土木学会。
2000年「土木の日イベント」の業務のあと、非会員ながら市民幹事に任命され、T山先生の誘いでFCC委員にもなった。
その後、京大土木100周年事業のひとつ、人物誌をテーマにしたシンポジウムを手伝うことになり、”入ってたら便利やで”と勧められて会員になった。

そして今年、100周年に実施する全国大会の広報委員になった。これもT山先生の誘いだ。

1回目の委員会の後、100周年記念サイトを閲覧。
ひぇ~、100周年のテーマに驚いた。

「豊かな暮らしの礎をこれまでも、これからも」

なんでんねん、これ!?
ながらく「この国のかたち」を議論せず、対処的な対応に終始してきた土木人としての反省、公共投資がマスコミ攻撃の的になったのに布団を被って寝ていた反省がまったく欠落している。
かつ、土木(築土構木)は「民を安んじる」ための仕事であるという誇りも、品格もない。
意気込みも感じられない。

と、F井先生に愚痴メールしたら「最悪!」と強い同意をもらった。

百歩譲って、一般市民にわかりやすくという狙いとしたところで、コピーとしてもNGだ。(わかりやすいことと品格や意気込みがあることは、まったく別ものだ)

よっしゃ、
全国大会のテーマは、腑抜けな100周年を補うべく、崇高なテーマを提案したろ!・・・と、思っています。=*^-^*=

誰のために出版する?
『土木学会創立100周年記念 東日本大震災~3.11あの日を忘れないでほしい~』

2013 年 4 月 11 日 木曜日

土木学会が2年の歳月をかけて取材してまとめた『東日本大震災~3.11あの日を忘れないでほしい~ The Great East Japan Earthquake ~We will never forget 3.11~』が出版されたと、著者のひとりで阪神高速につとめるfacebook友人から連絡をもらった。

発災直後の4月からほぼ毎月のように被災地に出向き、岩手県久慈市から福島県いわき市までと千葉県を含め42の被災自治体職員延べ152人を取材したという。

で、アマゾンで購入しようと探したら、おまへん。
へぇ~、流通ルートは土木学会のみだ。
しかも、3990円(会員は3600円)と高い!

ものすごい取材費と労力を投入したに違いない(うらやましい・・・)。しかも、「土木学会創立100周年記念」の出版物らしい。
いったい誰のために出版するのか?誰に読んでほしいのか?
どうせ大赤字(だろう)の事業なのだから、もっと安い価格設定にして広く流通させるべきだ。

--友人によると、アマゾンでも買えるようにと本部と交渉したがダメだったとのこと。

何をか言わんや。

http://www.jsce.or.jp/publication/detail/detail2662.htm

国交省、PR上手にいつなるの?
埋もれていた「大震災の記録」

2012 年 5 月 11 日 金曜日

東日本大震災の国交省のがんばりについて約92000字の原稿をほぼ書き終えて、注釈の説明文をつくるためにググってたら、「国交省の災害対応――東日本大震災の記録」という資料にぶちあたった。「国交省緊急災害対策本部・東日本大震災復興対策本部 合同会議の開催について」という報道発表の配付資料で、163ページに及ぶ大作だ。

「えっ、配付資料?」

内容は、災害の概要、国交省の動き、初動対応と応急・復旧対応、被災地の復興に向けた取組の4部構成で、TEC-FORCEやリエゾン派遣なども紹介されている。写真もふんだんにあり、一般人にも「こんなんやったんか」と納得できる。よくまとめている。一周年にあわせてつくったようだ。

(※なんと、掲載するかすまいかと、「オーソライズされたものでないからやめましょう」と、取り下げたフロー図も載っていた!)

このような立派な記録資料なら、国交省ホームページのトップからすんなりアクセスできるかな…と、見渡したが、わからない。東日本大震災関連情報のバナーの一番下、「その他東日本大震災に関する情報」を開けても、ない。

「つくりました」という発表もない。

トップから「災害情報」に飛び、「トピックス」覧でようやく見つけた。ふぅ~。こんなところにひっそりあるとは、見て欲しい資料ではないのだろう。その覧には、緊急災対本部会議議事録もいつのまにやらアップされていた。こっちは、中身がやはり薄い。

4月23日に、「PR上手になります」というキャッチフレーズで、54人もの陣容の広報戦略室をつくったと聞いていたが、いったい何やってまんねん!……そうか、陣容は併任ばかり。そら、あかんわなぁ~。

あ~あ、いっぺんに書く気がなくなった、本日の道下です。

その記録の資料はこちらです。

http://www.mlit.go.jp/common/000208803.pdf

日本の紅白歌合戦に外国人歌手
えっ、ゲストじゃないの?

2011 年 12 月 5 日 月曜日

NHK紅白歌合戦の出場歌手が発表された。

「なんで、この人が?」の疑問符は毎年持つが、今年はさらに驚いた。韓国歌手が出場するという。単なるゲストではなく、白組紅組として出場するという。

なんでや?自分は日本人純血主義でもなんでもないが、国内でそんなに売れているの?売れている外国歌手は他にもたくさんいるが、今まで出場することはなかった。出場歌手に事欠くなら、特別企画をたてる手もあろう。

紅白のニュースを聞いて、「けったやなぁ」と思った人は多いに違いない。

やっぱりNHKはBKDだった!?

オフレコとは何だ?
マスコミの堕落

2011 年 12 月 5 日 月曜日

不適切な発言で更迭された田中聡沖縄防衛局長。記者との「オフレコ懇談」での発言という。鉢呂吉雄前経産相の失言も、内容はともかく、普通なら冗談と聞き流すものだろう。

取材される側とする側に信頼がなければ、真意は聞き出せない。今どきの記者は、取材だったら、情報を得たら「何でもあり」なのか。オフレコは書いたらあかんという意味だ。どうしても書きたいなら、まずはその場で議論や質問をすべきだろう。ましてや伝え聞いたことをそのまま書くなど、ジャーナリストとしての資質に問題がある。

マスコミは、批判するだけが仕事だと勘違いしてきた。政治家や公務員、有名人には落ち度をさがし、「こんなことやってたで。言うてたで」・・・。

災害では被害を伝えるだけで、二次災害への備えを発信しなかったし、行きやすい被災地に集中する・・・。

女性宮家創設をあたかも秋篠宮が発言したように記事をねつ造するのはもっての他だ。

「抜いた。抜かれた」競争も彼らの原動力となり取材活動をするのはよいが、木ばっかり見て森を見ないのが習性になっているのではないか。

政治が悪いのはそれを選ぶ国民の責任だが、国民に何を選ぶかという情報を提供するのはマスコミの役目だ。IT社会といってもその役割は変わらないはず。

マスコミは堕落の道を歩むことをまだ続けていくのか--自ら(業界)を律することに本気で取り組むことを渇望する。

ソニーは我が身を裏切るか
VAIOで使えないソニーのメディア・メモリースティック

2011 年 9 月 20 日 火曜日

今年7月中旬、10年ほど使っていたVAIOが経年劣化でぶっ壊れた。悩んだあげくVAIOのEシリーズを購入した。

サイバー・ショットで撮った写真は、メモリースティックをVAIOに差しこめばすぐに取り込める・・・はず。しかし、メモリースティックを差し込む口がない!少しだけ調べたら、メモリースティックにはPROとかDUOとかが出ているものの使えない機種があり、アダプターが必要とか…。

ソニーはかつて映像媒体でVHSとベータ戦争に敗北している。メディアの重要性はわかっているはず。

迷走か、裏切りか--。井深大も怒っている!?