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‘けったいな いろいろ もの申す’ カテゴリーのアーカイブ

役所が一冊の本を買うということ。

2012 年 9 月 29 日 土曜日

過日、兵庫県の河川整備課から「東日本大震災 語られなかった国交省の記録」の直売の注文書を受け取った。出版社からまわってきたものだ。

郵便局の振り込み書(出版社あて)を同封して一冊をメール便で送った。
そうすると、請求書と納品書が必要だと、いってきた。しかも、銀行振り込みとのこと。
出版社には電話で伝えたらしいが、申込書には何も書かれていなかったし、出版社からはたんにファクスが来ただけだった。

仕方がないので、わが社でそれらの書類をつくり、送った。

こんどは、わが社に電話があった。

「債権者登録の書類をつくって送れ」という。
「はじめに必要なことをすべていわずに、後から”これ、出せ、あれ出せ”と言うな。
もう、結構ですので、本を送り返してください。
本は書店でご購入ください」--思わず、言ってしまった。

NEXCOや他の役所、某民間企業も請求書や納品書を発行するよう、いわれたが、
債権者登録せよなど、はじめて。
しかも、「いっぺんに、言わんかい!」

で、送ってきたのが、これ。

職員が本を購入して、領収書処理をするなど、フレキシブルにやらんかい!

先方が書類をつくって、押印のみとしてきただけ、ましか(;へ:)

 

まちづくりの助っ人、復興まちづくりは他人事か?

2012 年 9 月 20 日 木曜日

復興計画づくりや住民の合意形成を進めるため、多くの学者が被災地に入っている。
たまたま、そういう人たちの集まりに参加した。

みな一様に、復興まちづくりが進んでいないと、言っていた。
石巻市は24億円の予算で計画策定をコンサルタント会社に発注するらしい。住民合意を進めることなく、まちの復興計画 だけが進められると、彼らは一様に危惧していた。うがった見方をすればバカにしているようにも見えた。やはり「他人事」なのだ。

危惧するだけでいいのか?
住民合意を置き去りにした復興計画なぞ、絵に描いた餅だ。絵に描いた餅に支払うコンサルタントフィーは19兆円の一部、デフレにあえぐ国民の血税だ。しかも、まちづくりが停滞すれば、ますます住民の心は折れてしまう。自宅再建をと思っていた人は災害公営住宅にしようと思うようになるかも知れないし、あきらめてその地を出ていく人も増えるだろう。
専門家として被災市町村の各地域に入って、復興まちづくりをサポートしているのなら、腹をくくってアドバイスすべきだ。
大震災という危機にある被災地を支援する以上は「わが事」として対峙するのが、人の道ではないか。

地域にしっかり入り込んでまちづくりを進め、しんどい目をしている学者さんらはいるに違いないし、先の会合でバカにしているように見えた人たちも、きっとがんばったこともあるのかも知れない。
しかし、腹をくくって被災地に寄り添おうという強い意志を感じることはできなかった。

会合を終える頃に降り出した雨は、被災地の人々の涙のように思えた。

国交省、PR上手にいつなるの?
埋もれていた「大震災の記録」

2012 年 5 月 11 日 金曜日

東日本大震災の国交省のがんばりについて約92000字の原稿をほぼ書き終えて、注釈の説明文をつくるためにググってたら、「国交省の災害対応――東日本大震災の記録」という資料にぶちあたった。「国交省緊急災害対策本部・東日本大震災復興対策本部 合同会議の開催について」という報道発表の配付資料で、163ページに及ぶ大作だ。

「えっ、配付資料?」

内容は、災害の概要、国交省の動き、初動対応と応急・復旧対応、被災地の復興に向けた取組の4部構成で、TEC-FORCEやリエゾン派遣なども紹介されている。写真もふんだんにあり、一般人にも「こんなんやったんか」と納得できる。よくまとめている。一周年にあわせてつくったようだ。

(※なんと、掲載するかすまいかと、「オーソライズされたものでないからやめましょう」と、取り下げたフロー図も載っていた!)

このような立派な記録資料なら、国交省ホームページのトップからすんなりアクセスできるかな…と、見渡したが、わからない。東日本大震災関連情報のバナーの一番下、「その他東日本大震災に関する情報」を開けても、ない。

「つくりました」という発表もない。

トップから「災害情報」に飛び、「トピックス」覧でようやく見つけた。ふぅ~。こんなところにひっそりあるとは、見て欲しい資料ではないのだろう。その覧には、緊急災対本部会議議事録もいつのまにやらアップされていた。こっちは、中身がやはり薄い。

4月23日に、「PR上手になります」というキャッチフレーズで、54人もの陣容の広報戦略室をつくったと聞いていたが、いったい何やってまんねん!……そうか、陣容は併任ばかり。そら、あかんわなぁ~。

あ~あ、いっぺんに書く気がなくなった、本日の道下です。

その記録の資料はこちらです。

http://www.mlit.go.jp/common/000208803.pdf

3.11国交省リエゾン取材から得た大震災対応 2

2012 年 2 月 25 日 土曜日

NPO地域デザイン研究会会報に寄せた原稿です。

○災害の規模を正しく認識する

情報のない被災地ほど被害が大きい。3.11では陸前高田市、大槌町のように自治体機能が破壊された市町村だけでなく、機能している自治体でも市町村内の被災状況を把握するだけでめいっぱいだった。野田武則釜石市長は「国からリエゾンがやってきて、これは平時ではないと再認識した」と言っている。災害の規模を冷静に認識することこそ、初動の価値判断の要だ。

○土地勘のある職員をリスト化

岩手河川国道事務所は発災後すぐに職員の勤務経験地と出身地をリスト化した。東北地整局から被災市町村へリエゾンを派遣するよう指示されたときは、そのリストから職員の資質等を考慮して選ぶだけだった。

津波で壊滅した気仙沼国道維持出張所では、職員は間一髪、道路台帳だけを持って避難した。車も何もかも失った彼らにパトロールカーを届けるよう東北地整局から指示されたのが、湯沢河川国道事務所。湯沢にはかつて三陸沿岸に赴任したことのある職員は一人だけ、もちろんその職員がこの任務を負った。ナビが狂ってしまっても、山道に入り込んでも、停電で真っ暗でも、目的地にたどりつけた。ちなみにこの職員は翌日、リエゾンとして陸前高田市に派遣されている。

○最寄りの出先に行け

防災住宅に住まう行政職員は、発災後すぐに本庁に行けるが、そうでない幹部職員も本庁に行かねばならない。しかし、交通機関がストップしたときに無理をして本庁に行くべきだろうか?むしろ、最寄りの出先機関の方がよいのではないか。早く行けるし、そこでは通信も電気も確保でき、情報収集も容易だから、指示もできる。所属でなく、住まいを考慮した緊急時出勤先を整理しておくべきだろう。

○メディアは地区分担せよ

「わが市はメディアにあまり載りませんが、犠牲者は1043人、不明者は104人です。」阿部秀保東松島市長からこう聞いたとき、ドキッとした。犠牲者の数は釜石市や南三陸町と同等程度で、名取市よりも多い。にも拘わらずテレビ報道は確かに見た覚えがなかったのだ。

メディアに載らないことを端的に表すのが義援金※2だろう。調べてみると、釜石市2億5000万円、町長が庁舎屋上のアンテナに登って助かった手記を文藝春秋に掲載した南三陸町4億4000万円、名取市2億7000万円に対して、東松島市は9000万円。不遜ながら犠牲者数で割ると、それぞれ23万円、49万円、28万円、8万円弱だ。

広域大災害の場合は、メディア、とくにテレビは同じ地区に重複して入らず、地区分担をすべきだ。彼らは仙台や東北新幹線から行きやすいところ、話題になっているところに団子になって入っていくが、行きにくいところやネタがなさそうな被災地には入っていかない。しかも、宿屋は軒並み押さえるから、医療など肝心の救援部隊は予約が取れない。発災後に災害時報道協定ぐらい頭が回らなかったのか!メディアが反省してほしい点は山盛りあるが、本稿ではこの点のみにとどめる。

※2:市町村に直接送られた義援金(5月27日河北新聞社調べ)

※国交省災害対策室は「災害時ノウハウ集」をとりまとめてHPで公表している。

3.11国交省のリエゾン取材から得た大災害対応 1

2012 年 2 月 25 日 土曜日

NPO地域デザイン研究会に寄せた原稿です。

今、東日本大震災で国土交通省による自治体支援活動・リエゾン※1について、遅まきながら原稿を書いている。大震災で、自分にできることは、土木がいかに重要かを発信することだと考えたすえ、国交省の活動について取材することにした。が、ふだん「請求書を書く」仕事ばかりしているためか、自発的な原稿書きは後回しになったというお粗末な次第。

取材で8人の首長と、自治体リエゾンおよびバックアップした人59人(うち20人は近畿地方整備局、以下地整局)に話を聞いた。そこから、大災害対応に行政として必要なこと、感じたことを少しまとめてみる。

○現場にまかせる

3.11では東北地整局の道路啓開“くしの歯作戦”に加え、被災自治体への何でも支援“闇屋のオヤジ”活動が徳山日出夫局長の功績として讃えられている。しかし、「国の代表として」「私になったと思って被災地を全面的に支援するように」と、テレビ会議で徳山氏に繰り返し言った大畠章宏大臣はもっと讃えられるべきではないか。現場に任せるという裁量はトップに求められる資質(もちん責任はトップがとる)。この言葉がなかったら、使途が限定された予算に縛られ、“闇屋のオヤジ”はなかったに違いない。

○訓練は本番どおりやる&「防災」できないところに「防災」と名づけない

東北地整局で被災状況確認のヘリを業者のみで飛ばす指示をした防災課長も讃えられている。が、本人によると「決められていたこと」という。冷静で優秀な資質に加えて、訓練で初動の対応マニュアルどおり的確に実行することを頭と体にたたき込んでいたのだ。

釜石市鵜住居地区では、小中学生が近隣の人々を巻き込みながら高台に逃げ切った一方で、防災センターに避難した住民の多くが犠牲になった。実は、防災センターは津波避難所ではなかった。2年前の防災訓練の際、「高齢者や足の不自由な人のために、近くの防災センターを便宜的に避難先にしたい」との地元の要望を聞き入れたのだそうだ。訓練を本番どおりに行うことの重要性を示す悲劇だ。さらに言えば「防災センター」という名称もよくない。防災できないところにあるなら備蓄庫とか、誤解を招かない名称にすべきだ。

○被災地と同じ目線で想像力を働かせる

情報発信できない自治体に直接行って情報を取るのがリエゾンの本来の役目だ。3.11でとりわけ喜ばれたのは、首長や市町村職員に寄り添うように想像力を働かせ、「こんなことができる」と提示したことだった。大槌町では、町職員がプライベートで衛星電話を使えるよう、リエゾンが提案した。平野公三町長代行は「疲弊していた町職員がうれしそうに電話している姿を見て、有り難いと思いました」。職員は少し元気を取り戻したという。

また、発災直後に岩手県庁に入ったリエゾンは、災害対策機械の機能一覧表を示し、被災市町村への衛星通信車や災対本部車配備を提案している。市町村が望むのは「何をしましょうか?」ではなく、「○○しましょうか?」だ。被災地と同じ目線こそ真の支援だ。

※1:リエゾンとはフランス語の「情報将校」の意で、国交省の災害時対応のひとつ。自治体等が行う被災状況の迅速な把握、被害の発生及び拡大の防止、被災地の早期復旧その他災害応急対策に対して技術的に支援し、情報を共有する。

※2:市町村に直接送られた義援金(5月27日河北新聞社調べ)

※国交省災害対策室は「災害時ノウハウ集」をとりまとめてHPで公表している。

日本の紅白歌合戦に外国人歌手
えっ、ゲストじゃないの?

2011 年 12 月 5 日 月曜日

NHK紅白歌合戦の出場歌手が発表された。

「なんで、この人が?」の疑問符は毎年持つが、今年はさらに驚いた。韓国歌手が出場するという。単なるゲストではなく、白組紅組として出場するという。

なんでや?自分は日本人純血主義でもなんでもないが、国内でそんなに売れているの?売れている外国歌手は他にもたくさんいるが、今まで出場することはなかった。出場歌手に事欠くなら、特別企画をたてる手もあろう。

紅白のニュースを聞いて、「けったやなぁ」と思った人は多いに違いない。

やっぱりNHKはBKDだった!?

オフレコとは何だ?
マスコミの堕落

2011 年 12 月 5 日 月曜日

不適切な発言で更迭された田中聡沖縄防衛局長。記者との「オフレコ懇談」での発言という。鉢呂吉雄前経産相の失言も、内容はともかく、普通なら冗談と聞き流すものだろう。

取材される側とする側に信頼がなければ、真意は聞き出せない。今どきの記者は、取材だったら、情報を得たら「何でもあり」なのか。オフレコは書いたらあかんという意味だ。どうしても書きたいなら、まずはその場で議論や質問をすべきだろう。ましてや伝え聞いたことをそのまま書くなど、ジャーナリストとしての資質に問題がある。

マスコミは、批判するだけが仕事だと勘違いしてきた。政治家や公務員、有名人には落ち度をさがし、「こんなことやってたで。言うてたで」・・・。

災害では被害を伝えるだけで、二次災害への備えを発信しなかったし、行きやすい被災地に集中する・・・。

女性宮家創設をあたかも秋篠宮が発言したように記事をねつ造するのはもっての他だ。

「抜いた。抜かれた」競争も彼らの原動力となり取材活動をするのはよいが、木ばっかり見て森を見ないのが習性になっているのではないか。

政治が悪いのはそれを選ぶ国民の責任だが、国民に何を選ぶかという情報を提供するのはマスコミの役目だ。IT社会といってもその役割は変わらないはず。

マスコミは堕落の道を歩むことをまだ続けていくのか--自ら(業界)を律することに本気で取り組むことを渇望する。

基礎自治体の能力

2011 年 10 月 9 日 日曜日

以前、城崎温泉西村屋社長で元城崎町長の西村肇氏から、町長のとき職員に「責任とスピードを持て」とさんざん言ったと、聞いた。そのときは、この人なら行動的だし、さもありなん…程度に聞いていた。

先日、西村さんの言葉を思い出した。自分が大阪市民から王寺町民になって5年、西村さんのいらだちがわかる場面が多いからだ。

ガラガラの町立王寺駅前駐車場の利用者拡大の具体的提案をホームページからメールしても、なしのつぶて。家の前に鴨の親子がたむろしたときには土木部門の職員が4人もやってきて1時間いた。印鑑登録&住民票カードの磁気がダメになると、本人が役場の窓口に来ていても(もちろん本人を照明する資料を提示した)その場で交付できない。窓口職員のしゃべり方は道下フィルターではもちろん落第。

この役所には住民サービスという精神はあるのだろうか。小さな町なりに行政課題を新たに見いだし改善していく風も感じられない。「レベルが低い」という好ましくない言葉がぴったりなのだ。多分多くの市町村がこうなのだろう。

世間では11月の大阪市長選に向けて大阪都構想とか特別市とか、かまびすしい。国–府県–市町村。なにより基礎自治体の能力を上げることがいちばんの課題ではないか。そうすれば二重行政の何が二重で、不要な組織と必要な行政のあり方が明らかになるはずだ。

やめて!「お訴え」

2011 年 8 月 29 日 月曜日

総理候補者となる人々が自分の演説で、「お訴え」しておられる。

一人だけではない、5人の演説をすべて聴いていないが、少なくとも決選投票の2人は揃いもそろって「お訴えさせていただきたい」。民主党になってから政治家の発信する日本語、謙譲語・尊敬語・丁寧語がひどくなった。

これも国難。「有識者」のみなさん、なんとか進言してください。

閣僚たちに正しい日本語をつかってくれるよう教育係をつけてください!!!(叫び)

思います。

2011 年 6 月 17 日 金曜日

イベントで進行台本を書く、司会者と打ち合わせをする。そのときにいつも言う言葉がある。

「次に○○に進みたいと思います という言い方はやめてね。」なぜやめてほしいかも説明するが、なかなか指示通りにはしてくれない。

次のプログラムは決まっているのだから、司会者が「思」おうが「思」わなくとも、コトは次に進むのだ。

また、「○○したいと思う」は意志を示す言葉が重なっているから、後者は不要だ。

政治家の発言でも、この手の「思います」がかなり、かなり多い。

「・・・させていただきたいと思います」なんて、聞きたくもないワイ。

あるテレビ番組で、人気キャスター池上彰氏のツイッターを紹介していた。ユーザー名も写真も池上彰で、「○○を発信したいと思います」というキャッチフレーズ。

池上氏は「それは私ではありません。第一、思いますという言い方はしません」と、キッパリ。

池上氏のリアクションに、我が意を得たりと喜んだのは私だけではないはず。

「思」わなくてもコトは進むし、意志は十分伝わっている。