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国交省、PR上手にいつなるの?
埋もれていた「大震災の記録」

2012 年 5 月 11 日

東日本大震災の国交省のがんばりについて約92000字の原稿をほぼ書き終えて、注釈の説明文をつくるためにググってたら、「国交省の災害対応――東日本大震災の記録」という資料にぶちあたった。「国交省緊急災害対策本部・東日本大震災復興対策本部 合同会議の開催について」という報道発表の配付資料で、163ページに及ぶ大作だ。

「えっ、配付資料?」

内容は、災害の概要、国交省の動き、初動対応と応急・復旧対応、被災地の復興に向けた取組の4部構成で、TEC-FORCEやリエゾン派遣なども紹介されている。写真もふんだんにあり、一般人にも「こんなんやったんか」と納得できる。よくまとめている。一周年にあわせてつくったようだ。

(※なんと、掲載するかすまいかと、「オーソライズされたものでないからやめましょう」と、取り下げたフロー図も載っていた!)

このような立派な記録資料なら、国交省ホームページのトップからすんなりアクセスできるかな…と、見渡したが、わからない。東日本大震災関連情報のバナーの一番下、「その他東日本大震災に関する情報」を開けても、ない。

「つくりました」という発表もない。

トップから「災害情報」に飛び、「トピックス」覧でようやく見つけた。ふぅ~。こんなところにひっそりあるとは、見て欲しい資料ではないのだろう。その覧には、緊急災対本部会議議事録もいつのまにやらアップされていた。こっちは、中身がやはり薄い。

4月23日に、「PR上手になります」というキャッチフレーズで、54人もの陣容の広報戦略室をつくったと聞いていたが、いったい何やってまんねん!……そうか、陣容は併任ばかり。そら、あかんわなぁ~。

あ~あ、いっぺんに書く気がなくなった、本日の道下です。

その記録の資料はこちらです。

http://www.mlit.go.jp/common/000208803.pdf

面白い原稿か
今後の役に立ててもらえる原稿か

2012 年 3 月 11 日

ちょこちょこと書き進め、東北での話題をある程度まとめ、この金曜日に東北地整局のI口さんに原稿を見てもらった。「うそっぽくないのが良い」との評価だった。54000字の原稿を2-3時間で目を通してくれたが、今後は事実誤認等を指摘してもらうことになっている。

国交省の大震災現場でのがんばりは、カッコ良いお話もあるが、カッコ悪いお話もたくさんあるし、被災自治体にそれほど役立たなかったことも、実はたくさんある。しかし、役立たなかったことやカッコ悪い話しこそ、「次」への教訓になろうし、国交省の人たちでも知らないことがいっぱいあるので、知って欲しいと思う。

もともとは、国交省のがんばりを一般の人たちに知ってもらおうと考えて、取材&執筆しはじめたが、ここに来て、悩んでいる。

一般の人々が読んで面白いものにするには、収集した情報をかなり削除し、面白い部分のみ立たせなければならない。捨ててしまう情報は間違いなく半分以上になるだろう。しかも”面白く”立たせることができるかというと、はっきり言って、その手のネタは極めて少ない。

と、悩みながら、銃後を守った近畿地整局、災対用機械が集結した一関あいぽーと、本省リエゾン、東北地整リエゾンと、リエゾン撤退について書こうとしている。

この一週間は大震災一周年の特集番組や追悼式典を見ながら、自分の原稿は、被災した自治体や地域に寄り添おうとした国交省の活動を記録に残そうとしているのだ--と、自分に言い聞かせている。

「3月11日」の意識

2012 年 3 月 4 日

先日、あるシンポジウムの現場調査で某ホテルに行った。

会場となる宴会場、講師控室、VIP控室とその動線を見て回り、誘導サインについてホテルの担当者に聞いた。

「これは大型ですが・・・」と、指さしたパネルボードに目をむいた。

「3月11日 ウェディング・フェア開催」。

11日は日曜日。3月も下旬になると結婚披露宴がたくさん予約が入っているだろうから、会場が開いているのだろう。今秋の結婚披露宴を予定している人々をおもな対象に、販売促進をするには絶好の日取りなのだろう。

3.11は特別の日と思っていても、自分事ではないから、とくだん気にしない人もいるだろう。もちろん、日本人すべてが喪に服さねばならないとは言えない。

いろんな催しがあってもいい。

けれど、ちょっと配慮しようという気持ちがあれば、他の催しはまだしも、ウェディング・フェアは「やめとこか」と、なるように思う。

お客さんも来るのかなぁ~。

3.11国交省リエゾン取材から得た大震災対応 2

2012 年 2 月 25 日

NPO地域デザイン研究会会報に寄せた原稿です。

○災害の規模を正しく認識する

情報のない被災地ほど被害が大きい。3.11では陸前高田市、大槌町のように自治体機能が破壊された市町村だけでなく、機能している自治体でも市町村内の被災状況を把握するだけでめいっぱいだった。野田武則釜石市長は「国からリエゾンがやってきて、これは平時ではないと再認識した」と言っている。災害の規模を冷静に認識することこそ、初動の価値判断の要だ。

○土地勘のある職員をリスト化

岩手河川国道事務所は発災後すぐに職員の勤務経験地と出身地をリスト化した。東北地整局から被災市町村へリエゾンを派遣するよう指示されたときは、そのリストから職員の資質等を考慮して選ぶだけだった。

津波で壊滅した気仙沼国道維持出張所では、職員は間一髪、道路台帳だけを持って避難した。車も何もかも失った彼らにパトロールカーを届けるよう東北地整局から指示されたのが、湯沢河川国道事務所。湯沢にはかつて三陸沿岸に赴任したことのある職員は一人だけ、もちろんその職員がこの任務を負った。ナビが狂ってしまっても、山道に入り込んでも、停電で真っ暗でも、目的地にたどりつけた。ちなみにこの職員は翌日、リエゾンとして陸前高田市に派遣されている。

○最寄りの出先に行け

防災住宅に住まう行政職員は、発災後すぐに本庁に行けるが、そうでない幹部職員も本庁に行かねばならない。しかし、交通機関がストップしたときに無理をして本庁に行くべきだろうか?むしろ、最寄りの出先機関の方がよいのではないか。早く行けるし、そこでは通信も電気も確保でき、情報収集も容易だから、指示もできる。所属でなく、住まいを考慮した緊急時出勤先を整理しておくべきだろう。

○メディアは地区分担せよ

「わが市はメディアにあまり載りませんが、犠牲者は1043人、不明者は104人です。」阿部秀保東松島市長からこう聞いたとき、ドキッとした。犠牲者の数は釜石市や南三陸町と同等程度で、名取市よりも多い。にも拘わらずテレビ報道は確かに見た覚えがなかったのだ。

メディアに載らないことを端的に表すのが義援金※2だろう。調べてみると、釜石市2億5000万円、町長が庁舎屋上のアンテナに登って助かった手記を文藝春秋に掲載した南三陸町4億4000万円、名取市2億7000万円に対して、東松島市は9000万円。不遜ながら犠牲者数で割ると、それぞれ23万円、49万円、28万円、8万円弱だ。

広域大災害の場合は、メディア、とくにテレビは同じ地区に重複して入らず、地区分担をすべきだ。彼らは仙台や東北新幹線から行きやすいところ、話題になっているところに団子になって入っていくが、行きにくいところやネタがなさそうな被災地には入っていかない。しかも、宿屋は軒並み押さえるから、医療など肝心の救援部隊は予約が取れない。発災後に災害時報道協定ぐらい頭が回らなかったのか!メディアが反省してほしい点は山盛りあるが、本稿ではこの点のみにとどめる。

※2:市町村に直接送られた義援金(5月27日河北新聞社調べ)

※国交省災害対策室は「災害時ノウハウ集」をとりまとめてHPで公表している。

3.11国交省のリエゾン取材から得た大災害対応 1

2012 年 2 月 25 日

NPO地域デザイン研究会に寄せた原稿です。

今、東日本大震災で国土交通省による自治体支援活動・リエゾン※1について、遅まきながら原稿を書いている。大震災で、自分にできることは、土木がいかに重要かを発信することだと考えたすえ、国交省の活動について取材することにした。が、ふだん「請求書を書く」仕事ばかりしているためか、自発的な原稿書きは後回しになったというお粗末な次第。

取材で8人の首長と、自治体リエゾンおよびバックアップした人59人(うち20人は近畿地方整備局、以下地整局)に話を聞いた。そこから、大災害対応に行政として必要なこと、感じたことを少しまとめてみる。

○現場にまかせる

3.11では東北地整局の道路啓開“くしの歯作戦”に加え、被災自治体への何でも支援“闇屋のオヤジ”活動が徳山日出夫局長の功績として讃えられている。しかし、「国の代表として」「私になったと思って被災地を全面的に支援するように」と、テレビ会議で徳山氏に繰り返し言った大畠章宏大臣はもっと讃えられるべきではないか。現場に任せるという裁量はトップに求められる資質(もちん責任はトップがとる)。この言葉がなかったら、使途が限定された予算に縛られ、“闇屋のオヤジ”はなかったに違いない。

○訓練は本番どおりやる&「防災」できないところに「防災」と名づけない

東北地整局で被災状況確認のヘリを業者のみで飛ばす指示をした防災課長も讃えられている。が、本人によると「決められていたこと」という。冷静で優秀な資質に加えて、訓練で初動の対応マニュアルどおり的確に実行することを頭と体にたたき込んでいたのだ。

釜石市鵜住居地区では、小中学生が近隣の人々を巻き込みながら高台に逃げ切った一方で、防災センターに避難した住民の多くが犠牲になった。実は、防災センターは津波避難所ではなかった。2年前の防災訓練の際、「高齢者や足の不自由な人のために、近くの防災センターを便宜的に避難先にしたい」との地元の要望を聞き入れたのだそうだ。訓練を本番どおりに行うことの重要性を示す悲劇だ。さらに言えば「防災センター」という名称もよくない。防災できないところにあるなら備蓄庫とか、誤解を招かない名称にすべきだ。

○被災地と同じ目線で想像力を働かせる

情報発信できない自治体に直接行って情報を取るのがリエゾンの本来の役目だ。3.11でとりわけ喜ばれたのは、首長や市町村職員に寄り添うように想像力を働かせ、「こんなことができる」と提示したことだった。大槌町では、町職員がプライベートで衛星電話を使えるよう、リエゾンが提案した。平野公三町長代行は「疲弊していた町職員がうれしそうに電話している姿を見て、有り難いと思いました」。職員は少し元気を取り戻したという。

また、発災直後に岩手県庁に入ったリエゾンは、災害対策機械の機能一覧表を示し、被災市町村への衛星通信車や災対本部車配備を提案している。市町村が望むのは「何をしましょうか?」ではなく、「○○しましょうか?」だ。被災地と同じ目線こそ真の支援だ。

※1:リエゾンとはフランス語の「情報将校」の意で、国交省の災害時対応のひとつ。自治体等が行う被災状況の迅速な把握、被害の発生及び拡大の防止、被災地の早期復旧その他災害応急対策に対して技術的に支援し、情報を共有する。

※2:市町村に直接送られた義援金(5月27日河北新聞社調べ)

※国交省災害対策室は「災害時ノウハウ集」をとりまとめてHPで公表している。

瀬田川リバプレ隊が滋賀県河港協会賞を受賞
主催者への苦言も奏功か

2012 年 1 月 31 日

1月28日、NPO瀬田川リバプレ隊が滋賀県河港協会賞をもらった。

受賞理由は、琵琶湖に注ぐ高橋川と瀬田川左岸の清掃活動を行い、地域に広げているというもので、河川や水辺の活動をしている団体・グループが公開選考で選んだ。

高橋川の清掃については、滋賀県のエコフォスター制度を利用して8年ほど前にはじめた。制度といっても、上限8万円で清掃道具購入できる程度で、その助成金も2010年度には打ち切られ、活動時の傷害保険加入だけがかろうじて残っている。リバプレ隊が毎月25日に清掃しているのを見て、地元の人々も加わって清掃するようになっている。

で、プレゼンしたのはA田さん。ちなみに、リバプレ隊は当該活動の担当者が取材でも何でも受けもつことになっている(T岡理事長曰く”リバプレ方式”)。

A田さんは、「滋賀県のエコフォスターという助成制度を利用して地道な活動をしている団体が500ほどある。そういう活動や団体にもっと目を向けるべき」と、苦言を述べたらしい。想像するに、A田さんは憤って話されたと思う。

同席したT岡理事長は、「他の団体はきれいなことを言っていたから、こりゃ(受賞は)あかんなと、思った」らしい。が、どっこい、受賞した。表彰もA田さんが受け、うれし涙声で受賞の言葉を述べたという。

活動の端緒をリバプレ隊が行い、次第に地域の人々が参加しさらに主体的に活動するようになる--このリバプレ方式もじわりと広げて行くに違いない。

あっぱれ、リバプレ隊!

釜石は奇跡ではない。
防災センターは安全な避難所ではない。

2012 年 1 月 28 日

釜石市の防災教育の成果が「釜石の奇跡」と賞賛されている。本欄でも、防災教育を進めた片田教授の講演を少し紹介した。

しかし、野田市長は、「奇跡でも何でもなく、逃げるのが当たり前。奇跡といわれることに地元では違和感を感じている人がいると思う」とのこと。鵜住居地区というと、子どもたちが高台まで逃げ切って全員無事だった一方で、防災センターに避難した人たちの多くは津波の犠牲になった。しかし、この防災センターはもともと指定避難所ではなく、この地区の避難所は高台にある。防災訓練のときにお年寄りや足の悪い人がいるから、訓練はこの防災センターでやらせてほしい--と地区住民からの申し出で、この防災センターで避難訓練をしたのだそうだ。

避難所でもないのに、一度でも避難所として訓練すると、それが「正」になってしまう。名称も「防災センター」だから、安心感を抱いてしまう。

しかし、多くの地域では排水機場や防災資機材倉庫などを「防災○○」という名称にしている。釜石の教訓から、これら施設の名称をぜひ再考して欲しい。

謹賀新年

2012 年 1 月 13 日

2012年にまだなじめずにいる。

12日行われた歌会始のお題は「岸」。今見ると、なんともお題らしくないお題に思える。彼岸、岸辺…さびしいイメージがつきまとうのは、大震災の三陸沿岸をイメージしてしまうからだろう。

来年のお題は「立」。起立、直立、独立、立身、立志…「いざ、ゆかん」元気のあるイメージが広がる。

今年はきっと、日本は立派に立ち上がる。

私も立派に立ち上がる。そして腹立てず、お行儀の良い立ち居振る舞いで、立ち食い立ち飲みいたしません。

日本の紅白歌合戦に外国人歌手
えっ、ゲストじゃないの?

2011 年 12 月 5 日

NHK紅白歌合戦の出場歌手が発表された。

「なんで、この人が?」の疑問符は毎年持つが、今年はさらに驚いた。韓国歌手が出場するという。単なるゲストではなく、白組紅組として出場するという。

なんでや?自分は日本人純血主義でもなんでもないが、国内でそんなに売れているの?売れている外国歌手は他にもたくさんいるが、今まで出場することはなかった。出場歌手に事欠くなら、特別企画をたてる手もあろう。

紅白のニュースを聞いて、「けったやなぁ」と思った人は多いに違いない。

やっぱりNHKはBKDだった!?

オフレコとは何だ?
マスコミの堕落

2011 年 12 月 5 日

不適切な発言で更迭された田中聡沖縄防衛局長。記者との「オフレコ懇談」での発言という。鉢呂吉雄前経産相の失言も、内容はともかく、普通なら冗談と聞き流すものだろう。

取材される側とする側に信頼がなければ、真意は聞き出せない。今どきの記者は、取材だったら、情報を得たら「何でもあり」なのか。オフレコは書いたらあかんという意味だ。どうしても書きたいなら、まずはその場で議論や質問をすべきだろう。ましてや伝え聞いたことをそのまま書くなど、ジャーナリストとしての資質に問題がある。

マスコミは、批判するだけが仕事だと勘違いしてきた。政治家や公務員、有名人には落ち度をさがし、「こんなことやってたで。言うてたで」・・・。

災害では被害を伝えるだけで、二次災害への備えを発信しなかったし、行きやすい被災地に集中する・・・。

女性宮家創設をあたかも秋篠宮が発言したように記事をねつ造するのはもっての他だ。

「抜いた。抜かれた」競争も彼らの原動力となり取材活動をするのはよいが、木ばっかり見て森を見ないのが習性になっているのではないか。

政治が悪いのはそれを選ぶ国民の責任だが、国民に何を選ぶかという情報を提供するのはマスコミの役目だ。IT社会といってもその役割は変わらないはず。

マスコミは堕落の道を歩むことをまだ続けていくのか--自ら(業界)を律することに本気で取り組むことを渇望する。